2005年 の記事アーカイブ

ちいさなさかながつくった、おおきなはくぶつかん[いのちのたび博物館]
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かつて北九州には、西日本最大級と自負していた「北九州市立自然史博物館」があった。これが2002(平成14)年に人文・歴史系も含め、総合博物館としてオープンしたのが、この「いのちのたび博物館(北九州市立自然史・歴史博物館)」だ。オープンの時、かつての西日本最大級という修飾語は日本最大級へとスケールアップしていた。

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住宅街に残る明治人熱狂の痕[目黒競馬場跡]
目黒競馬場跡
目黒競馬場跡

 明治の開国を迎えた頃、横浜に住む外国人たちによって始まった「競馬」は、明治の中頃に至って、「馬を改良して、いい軍馬を作る」という目的をともないながら日本人の間に徐々に普及していく。
 1884(明治17)年には上野の不忍池が競馬場になり、レースによって優劣を競ったという。ただし、この頃の競馬は馬券制度ではなく、入場料と寄付金によって運営されていた。
 馬券が発売されるようになったのは1906(明治39)年から。競馬(=馬の改良)振興のため、ということで発売となったようだが、ここらへんは何か、現在の「サッカーくじ」発売の理屈に似てなくもない。

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新宿の“地獄”から日本の“モンマルトル”へ[新宿山手七福神]
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 新宿から飯田橋にかけて分布している「新宿山手七福神」。
 かつては都バスぐらいしか交通の便がなかったが、現在ではちょうど七福神の分布にあわせるかのように、地下に都営大江戸線が走る。賃貸マンションやアパートの看板が多く目立つのも大江戸線効果のゆえか。七福神は、全体的にこじんまりとしたものが多い。 続きを読む

旧東海道の面影残す[東海七福神]
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 品川から大森にかけての旧東海道に点在している七福神。実際の参拝も、交通の激しい第1京浜・国道15号線(現在の東海道)を避け、旧東海道に沿って移動したい。
 まずは親分格の「品川神社」(大黒天)。参拝客が長蛇の列をなしていて驚く。まだ正月も2日だと結構にぎわっているようだ。 続きを読む