町並みカテゴリーの記事

江戸時代の「村」そのものが残る[大内宿]
大内宿
大内宿

かつてコモドオオトカゲが発見された時に、学者たちは「恐竜が生きていた!」と叫んだと言うが、もし現在日本の歴史学者たちがなんの予備知識もなく、ここに連れてこられたら、「江戸時代が生きていた!」と叫ぶかもしれない。
会津西街道の大内宿(おおうちじゅく)はそれほど、古い町並みをよく残しているスポットである。

池袋から鬼怒川温泉行きの特急に乗り、野岩鉄道・会津鉄道を経由して4時間後に、湯野上温泉駅に着いた。途中30分の列車待ちがあったので、正味は3時間半。大内宿は駅から約6km、タクシーで10分ほどである。タクシーはよく整備された山道を駆け上がり、やがて周りを山々に囲まれた平らな土地に到着した。

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曲線美で魅せる茅葺き[田麦俣多層民家]
田麦俣多層民家・旧遠藤家住宅
田麦俣多層民家・旧遠藤家住宅

 路線バスは国道のメインルートを外れると、谷底へ転がり落ちるような斜面につけられた一車線の道を窮屈そうに降りはじめた。ちょっとのぞき込むと渓谷が広がっていたりして、なかなかスリリングである。
 バスは谷間の集落へと降りていき、これまた幅の狭い橋を渡って、バス停に停まった。バスはここで方向転換をして来た道を戻っていくのであるが、その方向転換のスペースすら貴重ではないかと思われるほど、ほとんど平地のない集落である。
 バス停の名は田麦俣(たむぎまた)。

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掘割をめぐらせた「水の都」[柳川]
柳川
柳川

 「水の都」と言えばヴェネチアの枕詞のようになっているが、筑後川の河口にある街・柳川(福岡県柳川市)も見事な「水の都」と言えるだろう。
 街には縦横に掘割がめぐっている。これらは大雨の時にも氾濫することなく、各水路が水をプールして、じわじわと有明海に排水していく。先人の知恵の見事なところだ。約10km四方の柳川市には総延長にしてなんと930kmもの水路があるという。

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江戸時代の深川にタイムトラベル![江東区深川江戸資料館]
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深川江戸資料館

東京が「東京」といいだしたのは1868(明治元)年のこと。140年ちょっとの歴史だ。それ以前の「江戸」と称していた時代は、1590(天正18)年の徳川家康の江戸城入城から数えても、278年間。まだ「東京」は江戸の半分の歴史しかない。
東京の倍以上長生きした「江戸」の生活を垣間みるのにお勧めなのが、この深川江戸資料館だ。

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内子の人々の暮らしを再現[商いと暮らし博物館]
商いと暮らし博物館
商いと暮らし博物館

 愛媛にある内子の町は、江戸時代から明治初期にかけて、木蝋の生産で栄え、産業の町として大いに賑わったという。その結果、ナマコ壁や鏝絵、うだつなど贅を凝らした家々が立ち並び、現在ではその町並みが重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
 そんな町のかつての人々の暮らしを垣間見せるのが、この商いと暮らし博物館だ。もともとは明治以来の薬商「佐野薬局」の建物だったもので、内部を博物館として、1921(大正10)年ごろの様子を再現している。

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