今月の切手カテゴリーの記事

東京天文台岡山天体物理観測所開所記念(1960年)
東京天文台岡山天体物理観測所開所記念(1960年)
東京天文台岡山天体物理観測所開所記念(1960年)

1953(昭和28)年、日本学術会議で大型望遠鏡の必要が決議されたのを発端として、1960(昭和35)年、岡山県浅口市の竹林寺山頂に、アジア最大級の口径188cm反射望遠鏡を備えた天文台が開所された。この切手は10月19日の開所式にあわせて発行されたもの。
当時、日本最大の望遠鏡は東京天文台の66cmだったので、この望遠鏡が与えたインパクトは大きく、部品が竹林寺山へ輸送されるのを見た少年が、後に天文学者になったほどだったと同観測所サイトは記している。
現在、日本の望遠鏡はハワイにあるすばる望遠鏡(口径8.2m)が最大であるが、岡山天体物理観測所でも京都大学などと連携して、新たな3.8m新技術天体望遠鏡の建設が進んでいる。来年3月以降に試験観測が開始され、アジアから宇宙を観測する大きな「目」になる予定だ。

がん征圧運動(1966年)
がん征圧運動(1966年)
がん征圧運動(1966年)

デザインの類似がとかく問題になっている昨今であるが、切手にも似たような話がある。「国際がん会議」などを記念して、1966(昭和41)年10月21日に発行された「がん征圧運動」切手は、国民のがんに対する関心を高めるため、図案を公募して行われた。ところが、採用作がアメリカのデザイナーの作品に似ていることが判明し、これを取り消した。そして、入選4点の中から再度選び直したところ、今度はこれがフィンランドのデザイナーの作品と類似していた。そこで佳作作品も含めて、改めて審査し直すことになり、コバルト照射器を題材としたものに決定したところが、これが特定メーカーのコバルト照射器だったため、業界から異議が出され、結局図柄を変えて、架空のコバルト照射器として落着した(以上、東京堂書店『日本切手辞典』より)。これだけ騒ぎになったものの、切手そのものの売れ行きは思わしくなく、翌年1月まで大がかりなキャンペーンをやって売り切ったという。

ウナギ(1966年)
ウナギ(1966年・第6次魚介シリーズ)
ウナギ(1966年・第6次魚介シリーズ)

1966(昭和41)年8月1日に第6次魚介シリーズとして発行。実際のウナギの旬は脂がのる秋から初冬だが、切手は夏の風物を意識してか8月に発売されている。なお、この頃の日本人1人あたりのウナギ消費量は0.9匹。それが2000年には8.3匹にもなる。一方、切手が発行された1966年に150トンあった日本のシラスウナギの漁獲量は、70年代に急降下して100トン以下となり、2010年代になると10トンを割り込むようになった。ウナギの7割は日本人が消費している。ウナギの種としての存続の危機は、日本人が、この完全養殖ができない生物種を、無理矢理、ほかの肉や野菜、果物などと同様の大量生産大量消費のラインに乗せてしまったことが原因なのだろう。

第3回アジア大会競技記念(1958年)
第3回アジア大会競技記念(1958年)
第3回アジア大会競技記念(1958年)

1958(昭和33)年5月24日、東京で開催された第3回アジア大会を記念して発行。その会場として建設されたのが国立競技場だった。この大会はオリンピック東京誘致の試金石と言われ、そこでの設備と運営が評価され、1964(昭和39)年東京大会の誘致に成功する。実に6年も前であり、周到な計画性が伺える。それにひきかえ今回は、まだ基本計画すら確定しておらず、どうも屋根も間に合わなそうなのだ。
昨今、「日本は素晴らしい」という自画自賛が流行だが、冷静に考えるとその大半は過去の「貯金」である。一番必要なのは、現在、何が欠けているのかを考える営みだろう。

サザエ
サザエ(第12次魚介シリーズ)
サザエ(第12次魚介シリーズ)

夏季の産卵期の直前あたりが旬。サザエといえば棘が印象的だが、よくみると単純な棘ではなく、管状の突起である。殻の中に海水を取り込む役目をもっているように思われるが、どういうわけか完成するとふさがってしまう。棘の有無は生息環境によるとも、遺伝的要因とも言われている。
写真の切手は1967(昭和42)年発行の第12次魚介シリーズのもの。この図案に対し、サザエの棘の生え方がおかしいとクレームがついたという。実際どんな生え方をしているのか、壺焼きかお造りでも食べながら観察してみたい。