今月の旬カテゴリーの記事

小松菜
コマツナ
コマツナ

 「旬」というのはその食物の一番うまい時期を指すのだが、食べ納めという季節感を感じさせてくれるのも、ある種の「旬」と言ってもいいかもしれない。
 小松菜は一般に冬が旬。直売所などで根のついたものを買ってきて、根の部分だけをプランターに植えておくと葉がのびて、もう一度味わうことができる。豆苗でもそういうことができるが、小松菜の場合は最後に菜花が咲く。ちょっと固くなった葉と菜花をすまし汁に浮かべて、季節の終わりを楽しむことができる。

アサリ
アサリのみそ汁
アサリのみそ汁

 旬は産卵期前の2〜4月。この時期には、うま味のもとになるグリコーゲンやコハク酸がとくに多く含まれる。そのため、身を直接食するよりは吸い物やみそ汁にして味わう。アサリのバター焼きだって、皿の底にたまった汁の方が旨かったりするものだ。
 幼い頃、庭の隅を掘ると白くなった貝が出てきて、「貝の化石だ!」と喜んで箱に入れてとっておいたものだが、そこは曾祖母が生ゴミを捨てる場所だったということを知ったのは、ずっと大人になってからだった。アサリのみそ汁を見ると、不意にそんなことを思い出す。

酢蛸
タコ(部分)
タコ(部分)

 電車の車窓から居酒屋の裏口にあった樽が見えた。そこに「利尻島名物 酢 虫□」(最後の一文字は虫偏だけ見えた)の文字。何だろう、虫…、酢蜂?酢蟻?酢蛾?そんなバカな!そうだ、虫じゃない漢字だ、酢蛇?違う!!とさんざん悩み、最後「蛸」という文字を思い出した時には本当にほっとした。
 タコの旬はさまざまだが、酢蛸は正月料理として用いられることが多い。日持ちがする上に、足をスライスした時の、赤い表皮と白い身の紅白が新年の彩りに喜ばれた。考えてみれば、昔のおせちは、チョロギとかニンジンを彩りとして効果的に使っている。裏を返せば、ハレの日の色味に飢えていた。酢蛸が正月料理にエントリーされたのは、その色味からすれば必然だったのかもしれない。

サツマイモ
甘藷試作跡碑@小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)
甘藷試作跡碑@小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)

 通年出回っているが、普通栽培の完熟イモが収穫されるのがこの季節。
 中南米原産で、琉球を経て1705年に薩摩藩に伝わった。享保・天明の飢饉の際に救荒植物として注目され、1735年には徳川吉宗が青木昆陽に命じて試験栽培を行い、関東に普及させている。
 作付面積のピークは戦後の食糧難が極まった1949年の約44万ヘクタール。昭和中期に至るまで味よりも収穫の多さに重点をおいて品種改良が行われており、救荒植物としての性格が200年以上も重視され続けていたことになる。
 食糧難の解消とともに作付面積は激減したが、ようやく味の方に向いて品種改良が行われ、高系14号、鳴門金時(坂出金時)、ベニアズマなどが登場してくる。現在の作付面積はピーク時の10分の1だが、面積10アールあたりの収穫量は1949年の1340kgに対して、2倍近い2530kg(2009年)となっている。
 写真は青木昆陽によって試作が行われた、東京・小石川植物園に建つ甘藷試作跡碑。

シイタケ
第9回国際食用きのこ会議記念切手
第9回国際食用きのこ会議記念切手

 秋に旬を迎えるシイタケ、写真はそのシイタケを図柄にした「第9回国際食用きのこ会議」の記念切手だ(1974年11月発行)。
 なんともニッチな国際会議に思えるが、メイン会場のひとつ、群馬県桐生市ではわざわざ「ホテル国際きのこ会館」を建設してこの国際会議を迎えたというから、その気合いの入れようがうかがえる。
 当時のホットな話題は、自然破壊による原料木(ほだ木)の不足。そこで、でんぷんカスや新聞紙などから作った培地でキノコを発生させる技術が会議でさかんに報告された。ほだ木ではキノコの発生まで2年かかるが、培地での栽培だとスピーディー且つ大量に生産ができるのも魅力だった。
 それから40年近く。その甲斐あってか、今では国産シイタケ(生)の6割、干しシイタケおよび輸入品も含めると9割が菌床栽培になっている。
 一方で、菌床のシイタケは風味が乏しいという声もあり、ほだ木を使った栽培(原木栽培)も根強く残っている。一年中、いつでも安価でキノコが食べられるようになった現在だが、菌床と原木の両方のキノコを食べ比べてみれば、促成栽培のために、置き忘れてきたものが何だったのかがわかるかもしれない。