月刊コラムカテゴリーの記事

天竜奥三河国定公園(1973年)
天竜奥三河国定公園(1973年)
天竜奥三河国定公園(1973年)

国定公園を題材として1958(昭和33)年より発行されているシリーズ。写真は1973(昭和48)年9月18日発行。左上に描かれた鳥はコノハズク。鳴き声のブッポウソウを、仏法僧(仏、仏の説いた法、それを行ずる僧)と聞きなし、霊山・鳳来寺山の名物とされている。ただ、生息状況の実態ははっきりせず、鳳来寺山自然科学博物館の調査でも奥三河地方でわずかに確認されただけだった。
現在では、「コノハ君」なるキャラクターが鳳来寺山自然科学博物館の周辺に時折出没するという。

首都高速道路開通記念(1964年)
首都高速道路開通記念(1964年)
首都高速道路開通記念(1964年)

1964(昭和39)年8月1日に発行された、首都高速道路の開通を記念した切手。首都高は、10月の東京オリンピックに向けて数年前から建設が進んでいた。図案は、現在、景観面から首都高の地下化を求める声がある日本橋付近。その当時から首都高の象徴的な場所だったことがわかる。
こんな景観になったそもそもは、用地買収が不要なことから、首都高敷地として河川が積極的に利用されたことによる。1959(昭和34)年決定の都市計画では、首都高敷地の約35%が河川だった。
件の日本橋、2017年7月に国交相が首都高の地下化検討を表明した。但し、着手は早くても2020年の東京オリンピック以降となるそうだ。

沖縄国際海洋博覧会記念(1975年)
沖縄国際海洋博覧会記念(1975年)
沖縄国際海洋博覧会記念(1975年)

1975(昭和50)年7月、沖縄の祖国復帰記念事業として開催された国際博覧会を記念して発行された切手。地球をイメージしたマークに、洋上を飛ぶトビウオとアクアポリス(切手の中央やや左の構造物)を描く。
アクアポリスは未来の海上都市をイメージした施設で、一辺100m、高さ32m、収容人員2400人を誇った海上実験都市で、同博覧会のシンボル的な施設でもあった。翌76年1月の博覧会終了後も観光施設として海に浮かんでいたが、90年代に閉鎖。2000(平成12)年に売却されスクラップになってしまった。
だが、博覧会跡地自体は公園として整備され、沖縄美ら海水族館、海洋文化館、おきなわ郷土村、熱帯ドリームセンターなどがある人気スポットになっている。

オオイトカケガイ(1989年)
オオイトカケガイ(1989年)
オオイトカケガイ(1989年)

2017年6月1日から郵便料金の改正で、通常ハガキが62円になった。写真は消費税が初めて導入された1989(平成元)年に、封書の料金が60円から62円になったことに対応して発行された普通切手。図案のオオイトカケガイは、房総半島以南からオーストラリア西部までの水深50m前後の砂底に棲む貝で、その美しいフォルムから18〜19世紀には熱狂的な収集ブームを巻き起こしたという。
切手の方は、さすがにもう郵便局でも売れ残ってはいないだろうが、もし手元にあれば、涼やかで暑中見舞いのハガキなどにぴったりだ。

第25回愛鳥週間(1971年)
第25回愛鳥週間(1971年)
第25回愛鳥週間(1971年)

毎年5月10日から1週間は、愛鳥週間(バードウィーク)と呼ばれる。1947(昭和22)年の「バードデー」に端を発し、1950(昭和25)年から現在のウィークリースタイルになった。この切手は第25回を記念して1971(昭和46)年5月10日に発行されたもので、シジュウカラの親子を描いている。
ところで先頃、日本郵便が切手デザイナーを募集して話題になった。日本でわずか7名のみという仕事のユニークさはデイリーポータルZの記事「切手デザイナーはクッキーを焼くのも仕事」に詳しい。切手というのは小さいながらも手紙のとして、人々の注目度も高い。この切手も、〈親鳥の右翼の羽の重なり方が逆〉で〈これでは飛べないと新聞に〉出たそうだ(『日本切手辞典』1976年)。デザインの能力に加え、原図作成のための観察力と注意力が問われる狭き門なのだろう。