和歌で占うおみくじ「歌占」を体験[天祖神社(ときわ台 天祖神社)]

天祖神社

神社でおみくじを引くと、大吉や中吉といった総合評価(?)と、相場・商い・学問・縁談・転居といった各科目ごとの個別評価に加え、さらに和歌が載っていることが多い。
この和歌は、成績表に付いた先生の講評、あるいは見積書に付く送り状、はたまた論文につく要旨(abstract)のようにも見える。いずれにしても、ほとんどの人は総合評価を見て安堵あるいは落胆し、個別評価に一喜一憂して、おみくじの紙縒りを押し頂くように持ち帰ったり、モズのはやにえのように枝にくくりつけたりして、神社を後にする。
そもそも、おみくじとは神のお告げである。このお告げは、和歌と深い関わりがあった。


天祖神社

かつて、平安時代後期には神がかりした巫者(ふしゃ)が、お告げの和歌(託宣歌)を詠んだ。その和歌は、古歌の場合もあれば、まったくオリジナルなものもあったという。
室町時代以降は、これが様式化し、あらかじめ複数の和歌を用意し、その中から一首を選ぶ、「歌占(うたうら)」という形式になったとされる。
いずれも、依頼主はその和歌の内容から自らの願い事の吉凶を判断した。

天祖神社

そのような、和歌のみで占う、室町時代以来のスタイルを継承した占い「歌占」が、東京都板橋区にある天祖神社(ときわ台 天祖神社)で、2015年1月1日より行われている。

歌占はまず、「ちはやぶる神の子どもの集まりて作りし占ぞ正しかりける」という歌を唱え、弓(を模した枝)に結ばれた短冊を選ぶ。短冊には神の名前が書いてあり、その神にちなんだ和歌が載っているおみくじを受け取る。

天祖神社

かつて託宣が和歌で行われていたように、このおみくじも和歌のみで、大吉や中吉といった総合評価はもちろん、「待ち人 来たらず」とか「失せ物 西をさがせ」といった個別評価は掲載されていない。
(もちろん通常のおみくじもあるので、個別指導を受けたい方はこちらを)

おみくじの神々は、天祖神社へ江戸時代に奉納された天岩戸伝説の古絵馬(「天岩戸開」絵馬)及び天祖神社の祭神にちなんでいる。
 筆者が引いたのは「思兼神」。載っていた和歌によると、周囲の協力を得るとうまくいくという意らしい。なるほど、みなさま儲け話をお待ちしています(←そうじゃない)。

天祖神社

和歌のみのおみくじを眺めていると、古くは和歌で託宣があり、それを各人の願い事——例えば、商い、学業、縁談、旅立ちetc.——に応じて解釈していたのが、時代が下って、前もって願い事がありそうなものを箇条書きにしたのが現在の「おみくじ」なのだと気付かされる。
「おみくじ」の作法としてよく聞く、「おみくじは箇条書き全部を見るのではなく、自分の願い事のジャンルのみを見よ」というルーツは、ここにあったのだ。

現在のおみくじは、その和歌を解釈する手間を省いている。いわば「下ごしらえして3枚に下ろしてパックしておきました」みたいなものなのだろう。

天祖神社

弘化三年(1846)の銘がある狛犬を眺めながら、境内を散策する。
神社の創建は不詳だが、江戸時代には川越街道の宿場町である上板橋村の鎮守となった。当時は老杉老松が生い茂り、200メートルに及ぶ参道は昼でも暗く、ふくろうが鳴く、深い杜であったという。

現在では境内地は往事の約半分になってしまったそうだが、それでも境内には板橋区指定の保存樹木50余本を含む常緑樹の樹々が枝を広げ、駅のすぐそばでありながら、静寂な空間をなしている。

この「歌占」は天祖神社だけでしか行うことができないという。おみくじは社務所が開いている時間に引くことができる。
今回の歌占の再興は、成蹊大学の2014年度プロジェクト型授業の一環として行われたそうだ。大学の日本文学研究と現場(この場合は神社)が結びついた、有意義な試みといえるだろう。

天祖神社(ときわ台 天祖神社)
住所 東京都板橋区南常盤台2-4-3
交通 東武東上線ときわ台駅南口より徒歩1分
創建 不詳
ワンポイント 境内には「ギャラリー 鎮守の森」があり、各種の展示を行っている。また、境内入口には「森の番所」が設置され、板橋区内初の民間交番(地域住民が運営する街の防犯拠点)となっている。