[今日は何の日]「猫」の命日

文京区指定史跡・夏目漱石旧居跡

夏目漱石旧居跡には、現在でもちゃんとがいる

今日は、夏目漱石の『吾輩は猫である』のモデルになった猫の命日。

漱石が、自宅に迷い込んできた黒猫に着想を得て、この作品を発表したのが1905(明治38)年の1月。38歳の遅咲き文壇デビューである。漱石はそれから10年ちょっと経った1916(大正5)年にあえなく逝ってしまうのだから作家としての期間は実に短い。その上、芥川賞も直木賞ももらっていない(当たり前か)。

それはともかく、猫。


文京区指定史跡・夏目漱石旧居跡

文京区向丘2丁目の文京区指定史跡「夏目漱石旧居跡」。家は博物館明治村に移築されている

漱石が『猫』を書いた当時、彼の家は東京の千駄木町(現・文京区向丘2丁目)にあった。現在その家は博物館明治村に展示されている。

漱石は文壇デビューの後、点々と引っ越しをしている。そもそも猫は環境の変化が嫌いで、「猫は家につく」などといわれていた時代だったが、この猫は主人の引っ越しにつき合って、家々を渡り歩いたそうだ。

作中では、主人公の「猫」は南無阿弥陀仏を唱えながら水死してしまうが、モデルの方は1908(明治41)年のこの日、早稲田南町の漱石宅の物置に置いてあった古いかまどの上でひっそりと息を引き取った。

その猫の終焉の地である漱石宅は、同時に漱石が晩年を過ごした家でもある。跡地はながらく新宿区指定史跡の漱石公園となっていたが、2017年9月24日、同地に新宿区立漱石山房記念館がオープンした。

同館の収蔵資料には、漱石が門下生に宛てて送った「猫の死亡通知」のハガキもある。