がっかりスポットに響く、札幌の心音[札幌市時計台(旧札幌農学校演武場)]

札幌市時計台

日本三大がっかりスポットというのがある。札幌の「時計台」と高知の「はりまや橋」と、あとひとつどこだっけ?
ともかく、その「札幌市時計台」である。

♪時計台の下で逢って、私の恋ははじまりました〜石原裕次郎「恋の町札幌」1972年)などと唄われ、観光パンフなどには必須の名所であるが、実際には、周りを高いビルに囲まれて、小さな木造の建物があるだけで、行った人は皆がっかり……というわけで「三大がっかりスポット」などといった名称を奉られている。

確かにビルに囲まれてはいるが、この時計台は1906(明治39)年に現在地に移ってきて以来、場所が変わっていないので、厳密には、時計台ががっかりさせているのではなく、周りががっかりさせているのだということになろう。

図面の展示@札幌市時計台

「がっかり」などと言われつつも、観光客の姿は絶えない。だが、大半は2、3枚写真を撮ると、足早に次なる目的地へと行ってしまう。

これには時計台ががっかりしているのではなかろうか。入場料200円だが、中はかなり見応えがある。

まず、建築好きの方には、明治39年〜昭和35年度の各種図面や平成以降の保存整理工事の図面が見放題だ(上の写真)。

札幌市時計台

高階哲夫の「時計台の鐘」(1923年)など、時計台をテーマにした流行歌の展示もある。バイオリン奏者の高階が札幌公演を開催したところ、地元紙に酷評が掲載された。落ち込む高階を友人たちが市内散策へと連れ出し、高階は帰京後、その印象をもとに「時計台の鐘」を作詞作曲したという。

高階哲夫の「時計台の鐘」にまつわる展示@札幌市時計台

この歌は爆発的にヒットして、以後「札幌と言えば時計台」というイメージが形作られるようになったという。

★@札幌市時計台

また、時計台の側面についている赤星も、改修工事で取り外した実物が展示されている。これは明治時代の北海道開拓使のマークで、サッポロビールも開拓使によって設立された開拓使麦酒醸造所が前身だったことからこのマークをつけているそうだ。

そのようなエピソードあふれる展示があり、このあたりは観光客の期待を裏切らないだろう。

札幌市時計台

木の床をぎしぎしと踏みながら、館内をまわっていくと、明治の頃の時計台のジオラマがある。この時計台はもともと「札幌農学校演武場」として1878(明治11)年に建設され、その3年後に時計塔が設置された。1906(明治39)年に道路整備にともない、130m離れた現在地へと移転し、現在に至っている。

札幌市時計台

札幌の町を造るにあたって明治政府は、アメリカ合衆国の農務大臣ホーレス・ケプロンを最高顧問とする開拓顧問団の指導を受けた。この時、アメリカの開拓時代に多用された下見板建築が一緒に上陸してくる。

アメリカでは開拓時代、河川の水車動力を利用した製材所を造り、豊富な森林資源を活かして木材による建築が行われた。札幌建設にあたっても、これにならって豊平川水系に水車とスチームによる製材所を造り、原生林を切り開いて木材が供給された。

〈札幌の原野には槌音が続き、明治十年代には、石狩平野のただ中に下見板で仕上げられた白い町が出現する。もし事情を知らない者が訪れたなら、開拓期のニューイングランドの州都にでもまぎれ込んだような感動を覚えたにちがいない〉と建築史家の藤森照信氏は書く(『日本の近代建築(上)』・1993年)。

晩餐会料理の再現展示@札幌市時計台

展示室には、開拓使時代の食生活の一例として、札幌農学校教師として招かれたウィリアム・ブルックス着任の晩餐会料理の再現展示がある。ブルックスはクラークの後任として、1877(明治10)年に来日した。

メインのローストは、白鳥と鹿。魚料理としてはタラが出され、明治初期にあって、見事な洋食になっている。
町並みを徹底してアメリカにならっただけではなく、招聘教授の晩餐会はもちろん、農学校生徒の寄宿舎での食事も含めて、徹底した洋食だったそうだ。

「一日おきにライスカレー」@札幌市時計台

8世紀の昔、奈良に唐の長安そっくりの都を造ってしまったり、19世紀末には札幌にアメリカ開拓時代そっくりの町を造ったりと、こういう、一事を取り入れるとなったらとことんやるという、変に律儀なところは日本人の体質なのだろうか。

もっとも寄宿舎のメニューは、コスト高から後に「一日おきにライスカレー」(1881年)になったという。

札幌市時計台

そんな(場所が)変わらない時計台だが、こんなにも色が変わっていたとは思わなかった。「時計台の塗装の変遷」という展示コーナーでは、本体はアイボリーや灰色、屋根は赤や茶など、豊富なバリエーションの歴史が紹介されている。

1949(昭和24)年にはオリーブ色に塗り替えたところが、市民から大ブーイングで、元に戻したなどという事件も起こっている。
色復元のパネル展示は、昔の文献にでも基づいて作ったのだろうと思ったのだが、そうではなくて、下見板の電子線分析で塗料の色を調べたという本格的なものだった。

二階講堂@札幌市時計台

時計台の二階は講堂になっていて、時折、コンサートも開かれているようだ。

ここではぜひ、静かに佇むことをおすすめする。ゆっくりと時計台の音が響いてくる。入って最初に、高い音が耳につく。これは講堂の左奥にある、時計台の振子式機械時計の仕組みを説明するための、展示用の時計(下の写真)だ(これは復元模型ではなく、時計台と同じタイプの1928年製の実物である由)。

展示用の振子式機械時計@札幌市時計台

さらに耳を澄ませると、その展示の時計とは違う、やや低い、もうひとつの音が聞こえてくるはずだ。

二階講堂@札幌市時計台

その音は、講堂中央奥の木枠(上の写真の中央奥)の中からゆっくりと響いてくる。

これこそが、1881(明治14)年の設置以来、時を刻み続けている時計台本体、即ち、米ハワード社製の時打重錘振子式四面時計(製造No.738)の振り子の音だ。

明治期のお雇い外国人や寄宿舎の生徒たちも聴いたであろう、札幌の心音のような音が、今なおオフィス街のど真ん中で低く響いている。

それに静かに耳を傾けるというのは、「がっかりスポット」では決して体験できない、贅沢なひとときなのではなかろうか。

札幌市時計台
札幌市時計台(旧札幌農学校演武場)
住所 北海道札幌市中央区北1条西2丁目
TEL 011-231-0838
開館 8:45〜17:10(第4月曜、年末年始休館)
観覧料 一般200円、中学生以下無料(外観見学は無料)
交通 JR函館本線札幌駅南口より徒歩10分(札幌駅前地下歩行空間9番出口)
開館年 1878(明治11)年竣工。1881(明治14)年、時計塔設置。1906(明治39)年、現在地に移転
ワンポイント 通常、博物館などの文化施設の入館時間は閉館時間の30分前ぐらいが多い(17時閉館だったら16時30分とか)。ところが時計台は閉館時間17時10分に対して、入館時間は17時。「10分でも見てって下さい!」というポリシーらしい。もし、持ち時間が10分しかなかったら、築130有余年のぎしぎしときしむ1階の床の音。そして、2階の時計が刻む振子の音。そのふたつはぜひ堪能していってほしいと思う。