[感想後記]これからの時代に求められる「パ・リーグ」—国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 大規模なプレート型地震であった東北地方太平洋沖地震(2011年)は、その甚大な被害もさることながら、貞観地震(869年)、慶長地震(1611年)など、これと似た地震がほぼ同じ地域でくりかえし起こっていたという史実を我々に改めて認識させた。
 地震発生から3年目となる2014年3月11日から5月6日まで、国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)で、企画展「歴史にみる震災」が開催される。
 それに先立ち、プレスおよびブロガーへの内覧会が3月10日に行われた。

地層はぎ取り標本@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 地震、とくに大規模プレート型地震は、その周期性が注目される。東北地方太平洋沖地震のあとには、平安時代に起きた貞観地震(869年)、伊達政宗の時代に起きた慶長地震(1611年)が話題になった。
 会場では、貞観地震の記録が文献(『日本三代実録』)と実物(地層はぎ取り標本)で展示されている。ほかにも地層はぎ取り標本からは、弥生時代に起きたとみられる大地震の津波堆積物が確認されている。地層は確実にその周期性を刻むのだ。
 慶長地震では、スペイン人のビスカイノが現地でこの地震に遭遇している。彼による報告書の該当部分が新たに訳出され、地名などの注釈をつけて、パネル展示されている。

貞観地震の記録@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展 日本書紀による南海地震の初見@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 一方、今後30年以内の発生確率がきわめて高い(つまり、それだけ定期的な周期性をもっている)南海地震に関しては、『日本書紀』による南海地震の初見が展示されている。
 地層にある地震の痕跡と古文書などの記述をクロスさせ、地震の周期性を探る取り組みが今、各地の研究機関や大学で行われている。
 例えば、佐藤大介氏(東北大学災害科学国際研究所)は仙台藩士などの日記から三陸地方を襲った1837年津波(天保チリ地震津波)の高さや回数、来襲時の音など、これまで知られていなかった新たな情報となる記述を発見している(『日本列島地震の2000年史』朝日新聞出版)。地震学者の都司嘉宣氏らはアイヌ民族の伝承や神話を調査し、北海道の胆振・日高地方で起きた、過去の津波の高さや地震の周期性を推測している(前掲書)。
 かつて、古文書は文系リーグ、地質調査は理系リーグという具合に個別の目的で分かれて行われていたのが、オール・ジャパンというチームになって、文系から理系まで、人間の持てるすべての知恵を動員しているかのようだ。
 今回の展示もそのような、文系・理系の枠を超えた取り組みをうかがわせる。

国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 こちらは、白い立体地形図にスライドを投影して、昭和三陸、チリ地震、2011と岩手県大槌町の吉里吉里地区を繰り返し襲った津波の様子を俯瞰する模型。昭和三陸津波以後、集落が高台へ移転した様子もわかる。
 ただし、今回の地震の際、三陸では「チリ地震津波の時には津波はここまで来なかったから大丈夫」と考えて、逃げずに亡くなってしまった人もいたという。
 「私たちは、直近の災害をベースに物事を考えてしまいがちですが、津波や地震はひとつひとつバラバラではなく、一連のものとして見なければいけません」と、内覧会を解説していただいた展示担当の原山浩介・国立歴史民俗博物館准教授。

関東大震災を歌にしたもの@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展 明治三陸大津波@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 近現代になると、とくに明治三陸津波(1896年)以降、地震や津波の様子やその被害を記した資料は多くなり、震災を唄った歌や絵葉書、錦絵などが発行されている。これは、当時の人が不謹慎だったのではなく、ネットやテレビ、ラジオもない時代の情報伝達と共有の手段だったのだろう。「私たちは何がよくて、何がいけないと考えているかを振り返るいいきっかけにしてほしい」と、原山准教授。

1944年の東南海地震@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 異色の地震としては、1944年の東南海地震が挙げられる。
 この地震は戦争中に起きたため、情報が隠され、今でも被害の詳細がよくわかっていない。だが、海の向こうでは写真誌の「LIFE」がその地震波を掲載していた。
 会場では「極秘」と書かれた調査報告書と並べて展示されており、戦時下という特異な状況で起きた大地震を描き出している。

福井地震@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 実はこの時期、鳥取地震(1943年)・東南海地震(1944年)・三河地震(1945年)・南海地震(1946年)と、死者1000人を超す地震が4年連続で起こっている。だが、いずれも戦災や占領下の混乱、報道管制などに隠れて注目を集めなかった。
 1年はさんで福井地震(1948年)が起こり、その次の震災は半世紀近く経った阪神・淡路大震災(1995年)である。
 原山准教授は「たまたま地震が起きていない時期に、日本は高度経済成長期を、震災への意識が弱いまま走り抜けてしまった。そのため、大地震が自分たちの経験から途切れたものとなってしまったのではないでしょうか」と解説する。

2011年東北地方太平洋沖地震の津波@国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 これらの地震の諸相を見て、改めて東北地方太平洋沖地震(2011年)に立ち返って、ふと思う。地震はひとつひとつバラバラではなく、一連のものとして見なければいけない。とすると、果たして「東日本大震災」は単なるひとつの出来事なのだろうか。
 2004年に起きたスマトラ島沖地震(死者22万人)は記憶に新しい。南米チリでは1960年、2010年と津波をともなう大規模地震が起きている。アラスカ沖やアリューシャン諸島、千島列島も地震の多発地帯である。
 これらはいずれも環太平洋火山帯に属し、太平洋プレートの沈み込み地帯にあたる。

国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 「東日本大震災」は数百年〜1000年規模で、日本だけがくりかえす不幸な出来事だった——というとらえ方でよいのだろうか?
 これら環太平洋地域との震災経験や対策の共有、地震の周期性の比較という視点を持つことで、日本の一漁村に伝わる伝承や古文書が、日本という枠を超えて、同規模のプレート型地震を推察したり、理解したり、備えたりする一助になる可能性がありはしないだろうか。

国立歴史民俗博物館「歴史にみる震災」展

 地震に関する調査研究は文系リーグ・理系リーグの別なく、学術のオール・ジャパンとなる。学問の世界では国内での調査研究に加え、国際比較が欠かせない。
 とくに有史以来という規模で求められる地震の周期性については、その土地の民族にどのような伝承があるかという点も含めて調査される必要がある(すでに、都司嘉宣氏らがアイヌ民族の伝承を調査したという話は先ほどふれた)。こうなると、文化人類学者の出番かもしれない。

 次なるステップはパシフィック(太平洋)規模での、地震情報の整理・交換・共有・展示ではないだろうか。そのようなパシフィックを連携させる「パシフィック・リーグ」の結成こそ、これからの時代に求められているものだと思われる。
 オール・ジャパンから「パ・リーグ」の結成へ向けて、筆者も含め各人が何ができるかを考えてみたい。

 

※会場内での写真撮影は不可。掲載の写真は内覧会の際に、展覧会紹介を目的として撮影したものです。

国立歴史民俗博物館 企画展「歴史にみる震災」
住所 千葉県佐倉市城内町117
TEL 043-486-0123
会期 2014年3月11日〜5月6日
開館時間 9:30〜17:00
休館日 3/17、24、31、4/7、14、21
入館料 大人830円、高〜大学生450円(常設展も観覧可能)
交通 京成佐倉駅より徒歩15分