草津温泉に超常現象を見た![草津温泉]

 トレビの泉の例からもわかるように、人間というのは泉があるとコインを投げ込みたくなるものらしい。だが、ここ草津温泉の中心街「湯畑」では、投げ込まれたコインは殆ど皆無だという。湯がこんこんとわき出て滝となって流れ落ち、池をなすという、いかにも日本人好みのコイン投げしたくなるようなスポットであるにもかかわらず、だ。それはなぜか?

 別に草津に来る観光客がケチだというわけではない。そう、ここ草津は、投げ込まれたコインが消えてなくなるという超常現象が起きる日本でも数少ないミステリー・スポットなのである!

 だが、我々の目から見て超常現象でも、草津では常現象にしか過ぎない。強酸性で知られる草津の湯では、コインが溶けてしまうのだ。例えば、1円玉であれば、草津の湯に7日間浸けておいただけで、跡形もなく消えてなくなってしまう。
 1円玉だけではない。コンクリートは、15日で表面がはがれはじめ、40日後にはぼろぼろになってしまう。

 また、草津においては、1970(昭和45)年まで、高台にある旅館には配湯ができなかった。なぜならば、引湯するポンプが強酸の湯に到底耐えられなかったからである(現在は耐酸ポンプを使用)。草津で長い間、木管・木樋が使われていたのも、鉄管ではすぐ腐食してしまうからだ。
 ここら辺の話は、草津温泉バスターミナルに併設されている「草津町温泉資料館」に詳しい。

 このようなPH1.70〜2.10という強い酸性を持つ湯だけに、殺菌力も強い。45度の湯に大腸菌、チフス菌を投入すると、10分と持たず死滅してしまう。古来から「万病に効く」と謳われているが、あながちキャッチフレーズだけでもないのである。

 さて、草津といえば共同浴場だ。主な共同浴場は18。そのうち観光客を受け入れているのは4つほど。各々の湯がすべて別々の源泉であり、泉質、温度、PHから湯の色に至るまで、微妙に異なっている。もっとも草津だけで、源泉が100以上あるといわれ、町の至る所から湧き出しているといってもいいくらいだ。

 その共同浴場の一つ「白旗の湯」に入ってみる。
 扉を開けるとすぐ脱衣所。そのあと仕切らしい仕切もなく、いきなり浴場があって2つの湯船が据え付けられている。
 硫黄臭のただよう白濁した湯は、最初とても熱くて入れないと思っていたのだが、湯をかぶり、足をつけているうちに不思議と身体になじんでくる。熱さがやわらぐ感じで、いつの間にか身体がするりと湯船に入った。ただの水道水が熱くなったのとは違うじんわりとした「熱さ」で、いかにも身体に良さそうだ。

 このじんわりを楽しむために、草津では湯を水で薄めることはしない。ひたすらさめるのを待つ。また、流れ出た湯を沸かしなおして再利用するということもしない。「源泉かけ流し」というやつだ。ちなみに共同浴場の入浴料は無料。
 こんな温泉に毎日入っている地元の人は滅多に医者の世話にはならないように思われるが、じつはそうでもない。町の歯医者だけは大繁盛なのだという。強い酸性が、歯のエナメル質にも影響を与えるというから、やはり生半可な湯ではない。

 だがしかし、こんな湯でも生物が存在するのである。
 のぼせてきたので、湯を出て、湯畑を散策しよう。湯畑に着いている白いものは、温泉に含まれる硫黄分が空気に触れて固まった、いわゆる「湯ノ花」。そのそばに緑のものが生えているのに気がつく。これがなんと「藻」なのである。

 水辺に藻が生えていても不思議ではないと思うかも知れない。しかし、強酸性の高温なのである。雑菌がほとんどいないという湯に藻が生えているのである。
 これが草津の隠れた名物「イデユコゴメ」だ。高温に耐えながら生きる——というよりは、熱いところが好きな原始的藻類である。近年、この藻が研究者から注目を集めている。

 イデユコゴメは酸性、とくに植物にとって有害なアルミニウムへの耐性が強い。この耐性機構を調べることで、植物の育成に適さない酸性土壌でも食糧増産ができる穀物が創れないか、あるいは酸性土壌を緑化させる方法が見いだせないかというのだ。

 夕暮れ時、草津の湯畑にも明かりが灯り、ライトアップが行われる。ざーっという湯の音が響くなか、イデユコゴメがライトアップに反射し、湯がエメラルドグリーンに輝いている。

 世界の陸地の約70%は作物の栽培に適さない不良土壌だといわれている。酸性土壌は、このうち30〜40%を占めている。さらに、酸性雨によって地球上の酸性土壌は増えつつあるともいわれているから、こいつが、もしかしたら切り札になるかも知れない。

 「万病に効く」草津の湯から、地球の万病に効く特効薬が登場するか——そんな期待を知ってか知らずか、イデユコゴメはあいかわらず、草津のじんわりとした熱さを楽しんでいるようであった。

草津温泉
住所 群馬県吾妻郡草津町
TEL 0279-88-0800(草津温泉観光協会)
交通 JR吾妻線長野原草津口駅よりバス25分