曲線美で魅せる茅葺き[田麦俣多層民家]

田麦俣多層民家・旧遠藤家住宅

 路線バスは国道のメインルートを外れると、谷底へ転がり落ちるような斜面につけられた一車線の道を窮屈そうに降りはじめた。ちょっとのぞき込むと渓谷が広がっていたりして、なかなかスリリングである。
 バスは谷間の集落へと降りていき、これまた幅の狭い橋を渡って、バス停に停まった。バスはここで方向転換をして来た道を戻っていくのであるが、その方向転換のスペースすら貴重ではないかと思われるほど、ほとんど平地のない集落である。
 バス停の名は田麦俣(たむぎまた)。

六十里越街道 六十里越街道

 山形県の月山・湯殿山麓に位置する集落である。秘境の趣があるが、古くは庄内地方と内陸(現在の山形市方面)を結ぶ六十里越街道の交通の要衝であった。
 現在は、山塊を貫いて山形自動車道が通っており、また日に数回路線バスも走っているので、交通の便からすれば、ことさら大秘境というわけではないが、それでも先に述べたような急斜面を降りていかねばならない。しかも、冬は豪雪に見舞われるという。

田麦俣多層民家 田麦俣多層民家

 この集落を有名にしているのが、山形県の指定文化財にもなっている田麦俣の多層民家だ。合掌造りに似ているが、眺めていると屋根の形が違う。
 もともとシンプルな寄せ棟造りの茅葺き屋根だったらしいが、明治中期以降、養蚕が行われるようになると、屋根裏(内部は3〜4階の多層構造になっている)に採光する必要が生じた。ここは豪雪地帯のため、単純に窓をつけるわけにはいかず、独特のしなりがある茅の葺き方をするようになった。この外観が兜に似ていることから、兜造りの民家と呼ばれることもある。

田麦俣多層民家 田麦俣多層民家

 この葺き方は庄内葺師によってもたらされたという(『出羽の民家採訪』木村正太郎・1973年)。庄内葺師とは、江戸期〜大正時代を中心に、出稼ぎで屋根葺きをしていた庄内地方出身の職人のこと。同じ山形県でも直線主体の内陸とは異なり、「曲線状のしなりがあって流麗」(前掲書)に葺いたという。この曲線美が兜造りと称され、多くの人々を魅了することになる。

田麦俣多層民家 田麦俣多層民家

 とはいえ、現在、田麦俣にこの「多層民家」はたった2軒しかない。1軒は民宿を営み、もう1軒が旧遠藤家住宅として公開されている。
 旧遠藤家住宅は、化政年間(1804〜30)の築と推定され、明治10年代の姿に復元されている。中に入ってみると室内の暗さに驚かされる。昼でも電気が必要なほどで、ランプのない時代は、とても書物など読めなかったろう。かつての子どもたちの娯楽は、絵本などではなく、炉端で大人たちが聞かせる昔話などの物語りだったというのは容易に想像がつく。
 床も板張りである。底冷えがしんしんとする。要するに暗くて寒いのだ。昔の人が短命で、60まで生きたらめでたいと言われたのも、こういう生活状況では無理もない気がする。

田麦俣多層民家 田麦俣

 そんなわけで、この2軒を除いて、「多層民家」の周りには最新式の住宅が迫っているのである。
 しかし、その背後の、がっしりと近代工法でカバーされた崖は、急斜面の谷間というこの集落に暮らすことの厳しさが今もかわらないことを伝えているような気がする。

田麦俣多層民家(旧遠藤家住宅)
住所 山形県鶴岡市田麦俣七ツ滝139
TEL 0235-25-2111(鶴岡市教育委員会)
開館 9:00〜17:00(月曜・年末年始休館)
観覧料 高校生以上300円、小中学生200円
交通 JR羽越本線鶴岡駅よりバス60分、田麦俣下車
ワンポイント 鶴岡市内にある致道博物館にも「田麦俣の民家(旧渋谷家住宅)」が移築保存されている。