掘割をめぐらせた「水の都」[柳川]

柳川

 「水の都」と言えばヴェネチアの枕詞のようになっているが、筑後川の河口にある街・柳川(福岡県柳川市)も見事な「水の都」と言えるだろう。
 街には縦横に掘割がめぐっている。これらは大雨の時にも氾濫することなく、各水路が水をプールして、じわじわと有明海に排水していく。先人の知恵の見事なところだ。約10km四方の柳川市には総延長にしてなんと930kmもの水路があるという。

柳川

 訪れた時は、九州北部一帯を悩ませた豪雨の最中ということもあり、掘割の水も濁ってはいたが、それでも水の町の風情を感じとることができた。
 歩道橋に登って街を見渡してみる。普通の街なら自動車道路が我が物顔をしているところだが、柳川ではなによりも、水路が大きな顔をして突っ切っている。自動車道路は、所々で水路の先を「ちょっと失礼」といって跨いでいるような感じだ。

柳川

 ここの名物は「川下り」だが、今日は豪雨の翌日だったのでお休み。水かさが増して、舟が橋をくぐれないからだという。所在なげにつながれた舟の脇で犬がのんびりと昼寝をしていた。水辺にはなぜか猫よりも犬がよく似合う。

 掘割に沿って家並みを眺めながら散策する。どの家も自分専用の水場を持っていて、石段の上で亀が甲羅干しをしている。一見普通の新興住宅のように見えながら、家の下半分にマイ船着き場とマイ・カヌーを備えている家もあって、あなどれない。さすがは「水の都」である。

旧柳川藩主立花伯爵邸「御花」 庭園・松濤園

 柳川は、立花氏11万9000石の城下町でもある。御花(おはな)と呼ばれた柳川藩立花氏の別邸は、現在、旧柳川藩主立花伯爵邸・御花として公開されている。伝来の武具や工芸品を展示する「御花史料館」、伯爵邸である「西洋館」、庭園「松濤園」のほか、宿泊施設、宴会場、レストランを兼ねた「松濤館」からなり、なかなか盛りだくさんな構成だ。

旧柳川藩主立花伯爵邸「御花」

 史料館に鎧や刀などが展示してあるのはもちろんだが、松濤館の廊下にもずらりと兜(金箔押桃形兜)が掛けられ、常時戦場という雰囲気である。
 庭園・松濤園は、元禄時代、仙台から嫁いできた実母のために、松島を模して造られたもの。掘割の水を引き込んで松島湾を現出させた。雨のあとで水が濁っていたが、これはこれで現在の松島と似てなくもない。

 藩祖・宗茂は異例の経歴の持ち主だ。大友宗麟の部下から秀吉に取り立てられ柳川の地を治めるも、関ヶ原の戦いで西軍に与したことから一時浪人となる。が、大坂の陣で徳川方につき小大名に復帰。その後も重宝され、20年後には一度追放された旧領の柳川にカムバックした。
 一度左遷された大名の旧領復帰はきわめて珍しい。「就職守」とか「出向守」を売り出したらいけるのではないかと思ったが、神としては祀っていないようだった。

北原白秋生家

 街の西側に北原白秋の生家がある。隣接して柳川市立歴史民俗資料館があり、前者で土蔵造りの古民家を、後者で白秋に関する資料や柳川の漁具などを見学できる。
 とくに漁具は、日本最大級の干潟である有明海に面しているだけあって、「うみたけねじり」「タイラギじょれん」「潟スキー(はねいた)」など、独自の物が多い。

北原白秋生家

 生家の裏手にも細い水路がまわりこんでいる。北原家は代々、柳川藩御用達の海産物問屋で、明治になり白秋の父の代になってから酒造業を営んだという。当時はここからも荷を運び込んだのだろう。
 「街に張りめぐらされた物資輸送の動脈のようなものだな」と思って眺めていたら、小さな橋の上を宅急便の車が走り抜けていった。あれが現在の舟運のかわりといえようか。

旧柳川藩主立花伯爵邸「御花」
住所 福岡県柳川市新外町1
TEL 0944-73-2189
開場 9:00〜18:00(無休)
入園料 一般500円、高校生300円、小中学生200円(特別展の場合は変更あり)
交通 西鉄柳川駅よりバス15分「御花前」下車、徒歩3分

 

北原白秋生家/柳川市立歴史民俗資料館
住所 福岡県柳川市沖端町55-1
TEL 0944-72-8940
開館 9:00〜17:00(季節により変更あり。年末年始休館)
入館料 大人400円、学生350円、小人150円
交通 西鉄柳川駅よりバス15分「水天宮前」下車、徒歩5分