鯖にまつわる不思議なエピソード[鯖大師本坊]

鯖大師

 3年間、鯖を食べないで祈願すると願いが叶う——徳島県海陽町の鯖大師本坊には「鯖断ち」という珍しい願掛けがある。
 ホーム1本だけのJR牟岐線鯖瀬駅に降り立つと、線路の向こうにお堂が見えた。反対側には海が見える。あのお堂に違いないと思って、見当を付けて歩き出すとものの3分ほどで到着した。
 鯖大師本坊、正式には八坂寺といい、四国八十八か所霊場の番外札所となっている。

鯖大師

 その昔、弘法大師(空海・774〜835)が馬子に積み荷の塩鯖を施して欲しいと頼んだところ、馬子はそれを断った。すると馬が急に苦しみだした。驚いた馬子が非礼をわびて鯖を差し出すと、大師は馬に水を与え、馬は回復。それどころか、海に放った塩鯖も蘇生して元気に泳ぎだしたという。馬子は大師の弟子となり、やがて、大師と出会ったこの地に庵を結んだ。それが今の鯖大師本坊である、という。
 そんなわけで、境内には鯖を持った弘法大師像が立ち、鯖の石像の前には願掛けの絵馬が鈴なりになっている。

鯖大師

 このままでは、弘法大師は日本サバ缶協会とかの天敵になってしまうのであるが、じつはこの伝承、もともとは行基(668〜749)にまつわるものだったらしい(『角川日本地名大辞典』ほか)。ストーリー的にはほとんど同じで、行基が馬の腹痛を治し、鯖を蘇生させた。地名の「鯖瀬」は、行基に馬子が鯖を施した「鯖施」から転じたという。
 行基と空海という二大巨匠がこんなところで交錯しているのもおもしろい。

鯖大師

 本堂の右手後方に丘陵が迫っている。この丘陵の地下には全長88mの洞窟が穿たれ、八十八か所お砂踏みの回廊となっている。靴を脱ぎ、八十八か所の砂を踏みながら奥へ入っていく。砂が納められた蓮華台は踏むとペコンペコンと音をたて、それが洞内に響き渡る。最奥の護摩堂には不動明王像が立っていた。
 この丘陵の上も、八十八か所霊場を模したコースとなっていて石仏が山道に沿って点在している。下に八十八か所お砂踏み、上に八十八か所の石仏。いずれも地形をうまく活かして造ったなぁという感じである。

 それにしても、四国そのものが八十八か所なのに、そのなかにもっとミクロな八十八か所がある。銀河系の中にまた小宇宙があるようなものだろうか。
 丘の中腹から、さっき降り立った鯖瀬の駅がミニチュアのように眺められる。その向こう、湾の入り江に白波が見える。

鯖大師

 このあたりは八坂八浜と呼ばれ、8つの坂と8つの浜が交互に連なる景勝地だ。ただ、景勝地というのは文明の利器の発達した現代の呼び方で、昔は旧土佐街道の難所とされた。
 鯖大師本坊は八坂八浜のほぼ中間にあり、昔から参詣するお遍路さんが多かったという。現在でも、お遍路さんのための宿泊施設を設け、歩き遍路(徒歩で八十八か所を参詣する人たち)には重宝されている。
 こんな立地の妙が、伝説の主役を「行基」から「空海」へとスイッチさせたのかもしれない。

 海の方を眺めていたら、湾に沿って曲がった路をお遍路さんがひとり、急ぎ足で歩いていった。

鯖大師本坊
住所 徳島県海部郡海陽町浅川
TEL 0884-73-0743
交通 JR牟岐線鯖瀬駅より徒歩3分