広大なスケールで仕掛けられたトラップ[秋吉台]

秋吉台

 カルストとはもともとスロベニアの地名だったという。それが地理用語になり、石灰岩地特有の溶蝕地形をさすようになった。
 ここ、秋吉台は日本最大のカルスト台地である。
 展望台から眺めると、草原に白い石灰岩柱が林立し、羊の群れのようにも見える。
 この景観は、毎年春に野焼きを行うという、人工的な努力によって維持されている。駐車場のちょっと脇に入ると、石灰岩柱の上に草木が生い茂っている光景が目に入る。野焼きを行わないとこんなふうになってしまうのだろう。

秋吉台 秋吉台

 それにしても、展望台から眺める部分だけでなく、駐車場や建物の裏に石灰岩が普通にごろごろしている。大きさ十数cmのものまで庭石然としてたたずみ、そこら中がミニカルスト台地になっている。

 これでは、「観光」がなかった時代にはこの土地はかなりもてあましたのではないか——そう思って、『秋芳町史』(1991年改訂版)をめくってみたら、昔は農民の草刈場・採草地として重宝されたという。刈られた草は馬の背に乗せて運び出し、千鞍台、馬ころびといった地名にその名残がある。

秋吉台

 また、昔は秋吉台のことを「麻畑台」と称した。秋吉台には数千ものドリーネ(すり鉢状の窪地)があるが、ドリーネの部分のわずかな土地でゴボウや大根、ムギ、豆類、ソバ、ゴマなどを育てていたという。それが証拠に主だったドリーネのひとつひとつに名前がついている。不毛の土地だったら、わざわざ名前をつけたりはしないだろう。
 よく棚田(千枚田)を、日本人の心の故郷とか農民精神の結晶とたたえるが、その点ではこのドリーネ畑も相当なものだ。
 これらの畑は昭和20年代まで活用されていたが、手間がかかり生産性が低いため、最近ではほとんど見ることができなくなってしまった。

 秋吉台は石灰岩が溶けてできた地形だけに、見かけの美しさとは裏腹に、所々に土地の人が地バスと呼ぶ危険なタテ穴があいている。その深さは、80〜100mに達するものもあるという。
 地バスのバスとは何かと思ったら、蓮のことだった(『秋芳町史』)。地面に空いた蓮の穴というわけだ。

秋吉台

 この地バスに京都大の調査隊が降下したところ、オオカミや古代シカなどすでに絶滅した動物たちの獣骨が散乱していた(『洞窟学ことはじめ』吉井良三・1968年)。じつに数万年単位のトラップだったのだ。ちなみにこの台地の真下にある秋芳洞からはアオモリゾウ、オオツノジカ、ニホンムカシジカ、ヒグマ、オオカミなどの動物化石が発見されている。

  天保年間に萩藩が作成した地誌『防長風土注進案』にも、「此山所々数間の落穴多く、旅人行迷ひて此穴に落入し事あるよし、牛馬獣類の落しハ数度にして往古より当今挙げてかぞへかたし」と記されているから、土地になれていない人にとってはかなりやっかいな場所だったのだろう。
 近現代になっても、戦前、陸軍が夜間演習を行ったところ、偵察に出た斥候が戻らなかったり、士官候補生が乗馬もろとも失踪した事件があったという(吉井・前掲書)から、有史以来、人間もだいぶ落っこちているに違いない。

秋吉台

 この秋吉台、もともとは3億年前のサンゴ礁が隆起したのち、雨水で溶けてできたものだ。地質年代のスケールの大きさはそう簡単には想像できない。この秋吉台のトラップは、今後も溶解しながら口を開け続けるだろう。
 人類が地球上からいなくなったあとに、このトラップに落ちるのはどんな生き物なのだろうか——そんなことを考えてしまうほど、気の遠くなるような時間が、秋吉台には流れている。

秋吉台
住所 山口県美祢市秋芳町秋吉
TEL 0837-62-0304(美祢市総合観光部)
入場 見学自由
交通 JR山陽本線・山陽新幹線新山口駅よりバス40分「秋吉台」下車。または秋芳洞の秋吉台案内所(エレベーター口)より徒歩3分。
ワンポイント バス停のすぐそばに秋吉台カルスト展望台、秋吉台科学博物館がある。いずれも無料。