アートのように並ぶ標本たち[東京大学総合研究博物館小石川分館]

東京大学総合研究博物館小石川分館(旧東京医学校本館)

 侍がちょんまげを落とし、腰に刀を下げることもなくなった1876(明治9)年、東京・本郷にひとつの建物が竣工した。東京医学校本館だ。
 明治政府は外国の技術を積極的に取り入れたが、なかでも重要視したのは医学だった。最新の医学を輸入し、日本で根付かせるためには、大学、それも医学校の開設が急務だったのだ。当初、神田和泉橋にあった旧幕府の医学所を利用していたが、低湿地であったため、本郷の旧加賀藩邸跡に目を付け、ここに本格的な校舎を建設。のちにこれが日本初の大学である東京大学へと発展していく。

東京大学総合研究博物館小石川分館

 この東京医学校本館というのは、いわば明治の欧化政策のトップランナーだったわけだが、実はこの校舎がまだ現存している。
 小石川植物園に隣接して建つ東京大学総合研究博物館小石川分館がそれだ。白と赤に塗り分けられたしゃれた洋館が植物園の日本庭園に映える。

東京大学総合研究博物館小石川分館

 正確には木造擬洋風建築といい、洋風建築に似せて当時の技術で一所懸命造ったもので、随所随所に神社の建築技術などが応用されている。そのため、遠くから見ると洋風建築、近くでパーツを見ると和風建築という不思議な造りになっている。
 東京大学関係では最古の建造物であり、こういう建物が都心に残っているのは奇跡的のような気がする。

 館内は、研究・教育に使われていた標本が、まるでアートのように並んでいる点が特徴的だ。展示標本には学術的な説明はほとんどなされておらず、ただポンと置いてある。
 博物館としてはきわめて特異で、標本の持つかたちそのものを鑑賞しなさいといわんばかりだ。

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 実際、この展示はアーティストとコラボされたこともあって、2005(平成17)年には国際協働プロジェクト「グローバル・スーク」展が開催されている(下の写真4点)。

 これは、銅像がメガネをかけていたり、人体骨格標本の骨盤にクマのぬいぐるみが乗っていたり、動物の骨格標本がガラスの靴を履いていたり、医学道具の展示のなかにさりげなく文具や台所用品がまぎれこませてあったりと、理科室の標本にクラス総出でいたずらをした感じで、
 「先生は、今日という今日は、本当に怒っています!」
 バンッ!(←教卓を出席簿で叩く音)
——と担任の先生が激怒している様子が目に浮かぶ(!?)。

グローバル・スーク展(2005年) グローバル・スーク展(2005年) グローバル・スーク展(2005年) グローバル・スーク展(2005年)

 東京大学はお堅いイメージがあるけれども、時々茶目っ気のあることもするので要注目だ。

 だが、普段はおしなべて静かに、来館者たちを待っている。秘密の研究室に忍び込んだ気分で、標本の持つ造形をしみじみ味わうのによいスポットである。

東京大学総合研究博物館小石川分館
住所 東京都文京区白山3-7-1
TEL 03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館 10:00〜16:30(月〜水曜日と年末年始休館。ただし祝日は開館)
入館料 無料
交通 地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅より徒歩8分
開館年 1876(明治9)年、東京医学校本館として建築。1911(明治44)年に建物が2分割され、前半部が東大赤門脇に移築される(現在の姿はこの時の再現)。1965(昭和40)年まで現役で働いたあと、1969(昭和44)年に小石川植物園の隣に移築。永らく下々の者が立ち入ることの出来ない「標本館」となっていたが、2001(平成13)年に総合研究博物館小石川分館として一般公開された。
ワンポイント 小石川植物園(東京大学大学院理学系研究科附属植物園)から東京大学総合研究博物館小石川分館へ行くのであれば、植物園の日本庭園脇の出口を利用すると便利。ただし、分館側から植物園へ入場することはできない。この場合、徒歩5分ほどの植物園正門から入場することになる。