内子の人々の暮らしを再現[商いと暮らし博物館]

商いと暮らし博物館

 愛媛にある内子の町は、江戸時代から明治初期にかけて、木蝋の生産で栄え、産業の町として大いに賑わったという。その結果、ナマコ壁や鏝絵、うだつなど贅を凝らした家々が立ち並び、現在ではその町並みが重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。
 そんな町のかつての人々の暮らしを垣間見せるのが、この商いと暮らし博物館だ。もともとは明治以来の薬商「佐野薬局」の建物だったもので、内部を博物館として、1921(大正10)年ごろの様子を再現している。

商いと暮らし博物館

 通りに面した店舗部分に入ると「おいでなはい」と声がかかる。センサーに反応して丁稚のマネキンが、商品をすすめるのだが、その中になんとケチャップがある。
 この店では、雑貨や葡萄酒、ビール、さらには写真用品なども扱っていて、関西から取り寄せたばかりのケチャップはおすすめの調味料だったようだ。

商いと暮らし博物館

 人形ばかりに気を取られてしまうが、陳列棚や店頭の商品にも注目したい。理科の実験を思わせるような薬瓶や、今も聞き覚えがあるような医薬品(但し包みはレトロ)がずらりと並んでいる。これは大正当時の品を極力集めて再現したもので、これを見れば当時の薬屋がなにを扱っていたかがひと目でわかる、博物館ご自慢の苦心作なのだ。薬学部の人などが見に行くと得ることが多いのではないだろうか。

商いと暮らし博物館

 建物の中に入ると、家族が集まって食事をしている。ご飯、大根の味噌汁、漬け物と至って質素だ。これでは到底さっきのケチャップの出る幕はあるまい。
 よくみると、家族は白米、使用人は麦飯を食べている。各人が箱膳で食べているのもこの頃の食卓風景だ。まだちゃぶ台は普及していなかったのだ。後ろの台のところに箱膳がひとつ置いてある。展示の余り……ではなく、一番最後に食事をとる女中の分である。台所の方を見ると、なるほど女中が洗い物をしている。ここら辺、展示の芸が細かい。

商いと暮らし博物館

 女中のそばを通りかかると、これまたセンサーで「ほんに朝はいそがしいなぁ」とぶつぶつと独り言を言う。食事の支度、片付け、掃除、子守と多忙を極めているようだ。マネキンの右腕が動いて、椀をタワシでこするという凝りよう。「それにしてもこの汚れ、なかなか落ちんなぁ」。
 蔵に入ると薬の在庫の積み卸しのシーン。丁稚が「薬がこんなに重いものとは思わなかった」と言っている。全部瓶だからねぇ。先輩の使用人が言う。「おまえ、薬の名前、ちゃんと覚えたか?」「い、いや、なかなか横文字が覚えられません……」。

商いと暮らし博物館

 1階の座敷では、主人が接客中。娘さんをどこの学校に行かせるかという話になっている。最近出来た「実科女学校」に行きたがっているらしい。この学校は1920(大正9)年に設立されたもので、現在の内子高校の前身だとパンフレットに書いてあった。このあたりも、地元に詳しい人をニヤリとさせるような工夫が施されている。
 ついでながら、同館は家屋のところどころに野の花が活けられ、手水鉢にもさりげなく草花が浮かべてある。展示のギミック以外の面にも気を配っていることがうかがえる。

商いと暮らし博物館 商いと暮らし博物館

 2階にあがると、隠居が碁を打ち、丁稚が寝室兼倉庫で薬種商の資格をとるための受験勉強をしている。が、昼間の労働で夜は眠いし朝は早いし、なかなかはかどっていない様子。ここでも、古風なガラス棚や木箱に収められた薬瓶は圧巻だ。
 2階の窓からは、ちょうど向かいにある八幡神社が眺められる。境内で(現代の)子どもたちが遊んでいた。この光景が違和感なく感じられ、不思議な時代感覚にさせられる。

商いと暮らし博物館

 この博物館、奥の蔵の部分が内子の歴史展示室となっており、町歩きの前後の予習復習にぴったりである。帰り際、洗い物をしている女中の脇を通ったら、センサーが反応してまた椀をこすりながらボヤき出した。
 奥の展示室へ行き来するにはこの炊事場を必ず通らねばならず、大勢の客が通るたびに女中は何度も何度もカチカチと動かなくてはならない。現実の女中と同様、この博物館でも一番働かされているようだった。

内子町歴史民俗資料館 商いと暮らし博物館
住所 愛媛県喜多郡内子町内子1938
TEL 0893-44-5220
開館 9:00〜16:30(年末年始休館)
入館料 大人200円、小人100円。(セット券 大人390円、小人200円)
交通 JR予讃線内子駅より徒歩15分
ワンポイント 町内を散策するなら、内子座、上芳我邸とのセット券がお得。内子座は道後温泉本館と並ぶ愛媛の木造建築。上芳我邸(木蝋資料館)は内子の主要産業だった木蝋についての展示がある。