夢よもう一度[たばこと塩の博物館]

江戸時代のタバコ屋@たばこと塩の博物館

※2013年9月1日をもって移転のため閉館。新博物館は東京都墨田区で2015年4月25日に開館予定

 日本の専売制を理解していないと、なぜこの組み合わせなのかわからない博物館。
 かつて、タバコと塩は日本専売公社が独占的に扱う商品だった。タバコは1904(明治37)年〜1985(昭和60)年、塩は1905(明治38)年〜1997(平成9)年の期間、この専売制が維持されていた。
 専売とは、国や公権力が税収や産業保護、公益性の維持などを目的として行うもので、この2つは、それほど社会生活と密着した存在だったのだ。

たばこと塩の博物館

 生きていくのに不可欠な「塩」はともかく、「タバコ」はピンと来ないかも知れない。だが、1960〜70年代のテレビドラマや映画を見ていると、タバコをすぱすぱ吸うのがやたらと目立つ。列車の中だろうが食事中だろうが会議中だろうが歩きながらだろうが、とにかく紫煙をくゆらす(スポンサーはタバコとは関係ないのに!)。こんにち、我々が携帯をいじるのと同じような頻度でタバコを口にしているのである。
 もっとさかのぼれば、あらゆるものが贅沢品として倹約され、食糧品の配給も滞る戦時中だって、タバコだけは滑稽なくらい律儀に配給されていたのだった。

たばこと塩の博物館

 そんな人々の生活と共に歩んできたタバコの歴史をひもとくのが、同館の展示だ。2階に上がると、江戸時代のタバコ屋の光景。葉タバコを夫婦分業の家内制手工業で細かく刻む様子が再現されている(この記事の一番上の写真)。
 反対側には煙草盆や、喫煙風景を描いた浮世絵、タバコ(煙管)が小道具として登場する歌舞伎「助六」の解説などが並ぶ。明治のコーナーに入ると煙草盆が小型化した。マッチの登場によって火入れが不要になったからだという。

 続いて、タバコの看板やラベルなどの展示がある。ずらりと並んだタバコのラベルは、デザインの面から眺めても楽しい。

たばこと塩の博物館

 最後に1978(昭和53)年当時の「街角のタバコ屋さん」の再現展示がある。畳2枚ほどのスペースである「タバコ屋さん」の店内の様子をかいま見ることができる。近づくと「いらっしゃい」などと無人の店内から声をかけられ、ちょっとびっくりする。「いつものですね、はいどうぞ。いってらっしゃい」「渋谷公会堂でしたら、この道をまっすぐ行って」……、センサーが反応して、タバコ屋さんのおばちゃんの会話が流れる。

 この会話を聞いていると、タバコを介して交わされた、昭和時代のコミュニケーションが想起される。
 同館は映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」が封切られた2007(平成19)年に、連動して企画展を行っている。そこでは映画撮影に使われたあまたの昭和グッズに混じって、タバコ屋から灰皿、マッチまでをも動員し、昭和の時代に嗜好品のヒーローだったタバコをそれとなくPRしていた。
 1965(昭和40)年に男性81%、女性15%だった喫煙率は、2007(平成19)年には男性40%、女性13%にまで低下している。同館にとっては、昭和ブームに乗って「夢よもう一度」と願いたいところだろう。

たばこと塩の博物館

 しかし、禁煙の波は社会的潮流を超え、常態化している。もはや、かつてのヒーローの凋落は覆うべくもない。
 だが、失われつつあるものを語ろうとする時に、人は並々ならぬエネルギーを発するものである。
 プラトンが『国家』を書いた時には、ギリシアのポリスは崩壊の危機に瀕していた。マキャベリが『君主論』を書いた時は、君主制は絶頂の時ではなく、衰退の途をたどっていた。

 人は、自分の思い入れがあるものが衰亡に瀕しているとき、その記録を書き留め、それを理論化することに思わぬ力を発揮する——「たばこと塩の博物館」にとっては、今がまさにその時なのかも知れない。

たばこと塩の博物館
住所 東京都渋谷区神南1-16-8
TEL 03-3476-2041
開館 10:00〜18:00(月曜、年末年始休館)
入館料 大人100円、小〜高校生50円(企画展開催の場合は別料金体系)
交通 JR山手線渋谷駅より徒歩10分
開館年 1978(昭和53)年11月3日
ワンポイント 館内は、中2階と2階がタバコに関する展示のフロアー、3階が塩、4階が企画展用の特別展示室になっている。塩のコーナーは世界各地の岩塩の展示と塩田のジオラマが並ぶが、タバコに比べていささか淡泊な感じがする。やはり、塩はまだ絶滅に瀕していないからであろうか?