「むしり取ることも自由だ」[北九州市立松本清張記念館]

松本清張記念館

受話器をとって「もしもしー」と叫ぶと、少し間を置いてから「もしもし」と、やや年をとった男性の声が聞こえてきた。声の主は、作家・松本清張(1909-1992)。
別に冥界にいたずら電話をしたわけではなく、これが、松本清張記念館ご自慢の新アトラクション「清張さんと2ショット」なのである。「好きな食べ物は?」などの質問に清張の声で答えてくれるのだ。

このほか、自分の顔に、清張のメガネやタラコくちびるをイラスト化したものを合成する、プリクラ風の「なりきり清張さん」など、文学館らしからぬ、ちょっとくだけた感じのコーナーもあって楽しめる。

社会派でありエンターテイメントも理解していた清張らしい記念館で、さすが直木賞作家!……といいたいところだが、清張が受賞したのは芥川賞なのは、ちょっと意外に感じる。

松本清張記念館図録

見どころは清張の自宅をそのまま移築・再現した「思索と創作の城」コーナーだ。自宅の書斎や3万冊を収めた書庫を移したもので、家の中には立ち入れないものの、書斎や応接間の様子などをガラス越しに見ることができる。

のぞきこむと、書籍や資料があちこちに積み上げられて、まさに思索の部屋という感じだが、ところどころにガンダーラ彫刻や銅鐸など、「一体どこから持って来たんだ?」と思うような遺愛の品々が置かれている。そういえば展示室のエントランスには東京・浜田山の自宅から運び入れたという、東大寺の礎石まで展示してあった。

「専門の業者から買ったんだと思いますよ」と、考古物件に詳しい同行者が言っていたが、東大寺の礎石もだろうか?

「ひとつくれんかね」

「ほんとうはダメなんですが、先生なら特別に差し上げましょう」

そんなやりとりをしていたんではないかという妄想が思わず脳裏を満たす。

しかも、銅鐸や中国の古銭といった清張コレクションに付けられていた清張のコメントがふるってる。
〈古代史関係のものを書いていれば、現物をいつでも手にさわるところに置きたくなるものだ。とくに銅鐸は、博物館や個人美術館などだと展示室のガラスごしに見るだけで、指一つ触れられない。自分のものだと、欠片をむしり取ることも自由だ〉というのだ。

うわっ、銅鐸をむしり取ってしまうのか!
手に持ってさわって、むしり取ってみて、「そうかこんな感じなのか」と実感する——それはたしかに、作家としては重要なことなのだろう。

このむしり取ることも自由だというフレーズは、一見乱暴のようでありながら、「自分のものにする」とはどういうことか、「なんのために自分のものにするのか」ということを考えさせられる言葉かもしれない。そこには「あとで(価値が出たら)ヤフオクで売ろう」みたいな、よこしまな気持ちが存在しない。ものに対してピュアに向き合っているところが気持ちよい。

松本清張記念館

書庫の脇にモニターが据え付けられ、そこで各社の歴代清張担当編集者のインタビューが流されていた。

「普通、15枚といったら、15枚の原稿がまとめてくるじゃないですか。清張先生はそうじゃない、まず3枚、次の日に2枚というふうにくるんです」「しかも、その数枚の原稿で、どうかね?どうかね?としきりに感想を求めてこられる」「ああいう大物の先生だから、どっしり構えていればよいのに、私のような駆け出しの編集者の意見でも、とにかくまず聞きたがるんです」「これについて調べてくれと先生から頼まれて、とにかく知りたいことはすぐ知りたいという方で、締め切りまでにはまだ間があるなと思っていても、数時間後に、調べてくれたかと電話がある(苦笑)」「まぁ、とにかく土日も潰れるし、デートもできないし、私の一生これから灰色なのかしらと思いましたよ」——などなど、歴代の編集者が清張の横顔を語っている。

つくづく、清張担当にはなりたくないと思わせるようなVTRである。

しかしながら、こういう犠牲(?)の上に社会派として新境地を切り開いた清張の諸作品があるわけだから、編集を生業としている人々にとっては必見のアトラクションかもしれない。

記念館に隣接して小倉城趾がある

それはともかく、やはり書庫というのはいい。ゆくゆくは、ぜひ書庫のある家に住みたいものである。
書庫さえあれば、手元の資料を段ボールなどに入れっぱなしにすることなく、本の背表紙を眺めつつ、思索や着想にふけることができるのだから……。これは本好きにはたまらない愉楽ではなかろうか。

図書館でいいじゃないかとも思われるが、自分がひとたび手にした本というのは、単に本のタイトルとか中身だけではなく、(この資料を何にどう使ったのかということも含めて)本全体の位置付けが頭のなかにインプットされるものなので、気に入ったように並べて悦に入ったりするためにも、やっぱり書庫が欲しい。

それに自分のものにしてしまえば、むしり取ることも自由なのだから。

北九州市立松本清張記念館
住所 福岡県北九州市小倉北区城内2-3
TEL 093-582-2761
開館 9:30〜18:00(年末休館)
入館料 一般500円、中高生300円、小学生200円
交通 JR鹿児島本線小倉駅より徒歩15分またはJR西小倉駅より徒歩5分
開館年 1998(平成10)年8月