ローカル線で町の魅力を発信[JR木次線・奥出雲おろち号]

奥出雲おろち号

 出雲坂根駅で小休止した列車は、突然逆方向に走り出した。ほどなく停車して、今度はまた前へ走り出す。勾配へ線路をZ型に敷きジグザグに登る、スイッチバックという方法である。
 「右手に今走ってきた線路が見えます」と車内アナウンス。なるほど、右の崖下に線路が見える。列車に乗っているとあまり分からないのだが、かなりの高低差をかせいでいる。

 しばらく眺めていると、今度は大きく弧を描いた道路が現れる。併走する国道314号線の「おろちループ」橋である。名前は奥出雲のヤマタノオロチ神話にちなんでいる。列車の我々がジグザグで登ってきた標高差をこちらはループしながら越えようとしているらしい。
 もっともこっちの列車も、さっきのジグザグだけではままならず、山脈の標高線に沿って大きく迂回をしながら、目の前のピーク、中国山地の分水嶺である三井野峠に挑んでいる。大小のトンネルが連続し、とにかくなにがなんでもこの山嶺を越えてやろうという意気込みを感じる。

国道314号線おろちループ 国道314号線おろちループ

 「まもなく、三井野原駅。JR西日本で一番高い標高にある駅でございます…」ふたたびアナウンスが流れる。車窓には荒涼たる風景が広がっている。冬はスキー場になるそうだ。どうやら列車は分水嶺を越えて、山陰から山陽に入ったらしい——。

JR木次線

 この鉄道、JR木次(きすき)線は見事なローカル線である。
 島根県の宍道から奥出雲の山中を突っ切り、広島県東部の備後落合へと至る路線は、そもそもは木炭運搬のために敷設され、さらに山陰と山陽をつなぐべく延伸されてきた。ローカル線が廃止されるような時代になっても、沿線道路未整備のため延命されてきたのであるが、1992(平成4)年に、先ほどの「おろちループ」を備えた国道314号線が整備されたことで、存続が危ぶまれるようなローカル線になってしまったのだ。

奥出雲おろち号

——と書くとどんな閑散とした鉄道かと思われるが、意外にも観光客で賑わっている。確かに木次線には、松本清張の『砂の器』の舞台になった亀嵩駅や、ホームに名水が湧いている出雲坂根駅などがある。先ほどの峠越えの眺望も含め、ローカル線としては見どころが多い方だろう。
 だが、この賑わいにはそれだけではない、沿線の自治体や住民の頑張りがある。その一例が週末を中心に運転されるトロッコ列車「奥出雲おろち号」だ。

奥出雲おろち号

 普段は快速も走らない(それどころか全線を通しで運転する列車も数えるほど)という路線であるが、「奥出雲おろち号」の運転の時だけは、地元の特産品を用いた駅弁が販売されるなど、沿線が一挙に賑わう。
 例えば食べ物だけでも、木次駅で「八岐大蛇弁当」(事前予約制)、車内で「仁多牛べんとう」「笹ずし」「もちそばピザ」、八川駅で「手打ちそば」、出雲坂根駅では焼鳥や山菜おこわと言った具合。このほか、駅舎内に蕎麦屋があることで知られる亀嵩駅では、茹でたての割子そばが味わえる(こちらは通年営業)。
 さらに、亀嵩温泉への送迎付き日帰り入浴や、「おろちループ」をレンタサイクルでめぐるプランなども、この列車の運転にあわせて催行されている。

奥出雲おろち号

 このあたりはいかにも観光的な催しなのだが、こまかいところでも創意工夫が光っている。1日の平均乗車人員が10人(!)という超ローカル駅である下久野駅では、地元の人たちによるお茶のサービスが行われる。小鳥のさえずりと湧き水の音が聞こえてくるというだけのひなびた駅に途中下車をどうぞ、というのだ。
 この下久野駅では、線路が撤去された駅構内のスペースに畑が広がっている。ただの畑ではない。列車の折り返し時間を利用して、家族連れに収穫体験をしてもらおうという構想(朝日新聞2009年7月4日付)から生まれた「駅ナカ農園」だ。

奥出雲おろち号

 また、出雲八代駅のホームではハンチングをかぶった謎のおじさんが、列車停車のわずか1分弱のあいだに、パネルを片手に「砂の器」のロケ話や地元の紹介を立て板に水の如く語ってくれる。
 前述の食べ物の物販に加え、駅ホームでのこれらのボランティアや仕込みを考えると、沿線住民総出という観がする。

 昨今は地方へ行くとどうしても車での移動がメインになり、役場のパンフレットなどでもドライブ・コースしか紹介していないこともあるのだが、ここはローカル線を軸に地域の魅力を発信しようという姿勢があって、ドライブメインのそれと比べてユニークさが際立つ。

JR木次線出雲横田駅

 翌日、再びJR木次線に乗った。今度は普通列車である。今日はイベント列車を運行しない日だったので、駅もホームも昨日とはうってかわって閑散としている。だが、駅前はきれいに掃き清められ、沿線案内のパンフレットもきちんと補充されラックに行儀よく差してあった。
 「人が動いているな」という感じがした。本当に過疎に苦しんでいる土地に行くと、空気がとまっているかのような、いたたまれない気分にさせられることもあるのだが、ここはそうではない。人がやってきて、帰り、またやってきて、帰りという人の移動で、町が呼吸をしている気がするのだ。

JR木次線亀嵩駅

 列車がふたたび登りにかかり、「おろちループ」を横目に勾配にとりかかった。
 この沿線では、ところどころにヤマタノオロチにちなんだものが散見される。スサノオノミコトがクシナダヒメを助けるためにヤマタノオロチを退治したという神話は『古事記』や『日本書紀』に見られるとおりであるが、その格闘の舞台になったのが、この奥出雲の地だという。
 木次駅の愛称は「八岐大蛇」駅であり、走るイベント列車は「奥出雲おろち号」、さらに出雲横田の「奥出雲たたらと刀剣館」にはヤマタノオロチのモニュメント——とまさにおろちづくしの観がある。

 そもそもヤマタノオロチとは、悪役(ヒール)であった。世の中には、後になって、ヒールの方が魅力的に映る例が往々にしてあるが、その端緒はこのヤマタノオロチだろうか。
 それに、災いをもたらすものを崇めるのはいかにも日本的である。出雲は神話の里だけに、この木次線ひとつとっても、それを地でいっているのだ。
 スサノオがこの有様を見れば、「俺じゃないのか!」と激怒しそうであるが。

JR木次線備後落合駅

 そんなことを考えているうちに中国山地の脊梁を越えた。
 「奥出雲おろち号」は2009(平成21)年まで3年連続して2万人の利用があったという。土日を中心とした運転で、しかもトロッコ列車という構造上、1列車の定員が64人なのだからこの数字はみごとなものだ。
 人の移動がある限り、その土地は寂れることはない。そうしてまた知恵をしぼって「駅ナカ農園」のようなユニークなアイディアで地域の魅力を発信し続けていくことだろう。

※文中の情報は2009(平成21)年時点のものです。

JR木次線
区間 宍道(島根県)〜木次〜亀嵩〜備後落合(広島県)
開通年 1937(昭和12)年全通
ワンポイント 「奥出雲おろち号」 2010年は4〜11月の金〜日曜、祝日と夏休み、紅葉期間の平日に、木次〜備後落合間を運転予定(一部列車は出雲市から延長運転)。全席指定。(JRおでかけネット