藤沢周平が愛したローカル線[JR陸羽東線(小牛田〜新庄)]

JR陸羽東線

 時代小説家の藤沢周平(1927〜1997)は飛行機が嫌いで、九州取材へも陸路で行くほどの人だったが、そんな彼が絶賛してやまないのが、宮城県の小牛田から鳴子温泉を経て、山形県の新庄へと抜けるローカル線・陸羽東線だ。
 もっとも、藤沢は鉄道作家ではないので、陸羽東線を鉄道として称賛しているわけではない。

「そこがどのような場所であれ、はじめての土地を通過するときほど心躍るものはない。」——藤沢はエッセイ「陸羽東線」(中公文庫『周平独言』所収)でこう書いている。「日常の暮らしから切り離されて、気ままに好きな風景の中を移動する。それが旅だろうと思う。しかも出来れば、一人の方がいい。」

JR陸羽東線
 山形県鶴岡市の生まれである藤沢は、新庄から先の日本海側へ抜けるルート(陸羽西線)はもう見知った光景である。しかし、新庄から南下して宮城県へと抜けるこの陸羽東線だけは乗ったことがなかった。
 ほんの一瞬、わずか2時間ほどだったが、この未知の土地をローカル線に乗って通ったことが彼のなかで何年経っても忘れがたい思い出として残っているのだ。遠くへ行くことだけが旅をするということはないのだなと思わせるエッセイだ。

 陸羽東線は江戸時代の仙台領と新庄領の国境を横断している。現在でも、山形県と宮城県の県境にあたっていて、宮城県側は平野を行く感じ、山形県に入ると山国を行く様相で、国越えの気分が味わえる。
 その仙台領と新庄領の境目にあたる駅が「堺田」である。名前からして国境の町を思わせる。ここには、歴代、国境の守役をしてきた庄屋の家、通称「封人の家」があり、さらには日本海と太平洋を隔てる分水嶺がある。まさに実際の地理の上でも国境なのだ。

中山平温泉周辺
 ルート上にはいくつかの温泉郷が点在する。山形県側に瀬見温泉、赤倉温泉、宮城県側に中山平温泉、鳴子温泉、川渡温泉などである。鳴子温泉はホテルが建ち並ぶ一大観光地の様相だが、ひと駅隣の中山平温泉になるとひっそりとした湯治場——というより普通の田舎町に温泉がある感じになる。道々、源泉の湯煙がたなびき、何軒かの温泉宿が山肌に張りついて、ひなびた湯治場の趣を残す温泉がいくつもあった。
 観光気分を味わいたい人は鳴子温泉、ひなびた気分になりたい人は中山平ほかの温泉という具合に宿泊地をセレクトできる。

JR陸羽東線
 筆者は中山平温泉の「三之亟湯(さんのじょうゆ)」という宿に泊まった。駅に面して建ち、窓を開けたら目の前を列車が横切っていった。「騒音でうるさいのでは?」と思うかも知れないが、2時間に1本ぐらいしか走らないローカル線なので、ほとんど気にならない。ここで暮らしていれば時計代わりになると思われる。
 湯は肌がつるつるになる純重曹泉だった。宿の人に「源泉はどこですか?」と尋ねたら、玄関脇を指さした。見ると湯煙がたち、ボイラーがうなりをあげている。文字通りの駅前温泉だった。

JR陸羽東線
区間 小牛田(宮城県)〜古川〜鳴子温泉〜新庄(山形県)
開通年 1917(大正11)年全通
ワンポイント ・陸羽東線の開設工事の際、鳴子峡の渓谷美に魅せられた人物が私費で遊歩道を開削。これが現在の鳴子峡のルーツとなった。
・藤沢周平はエッセイ「山峡の道」(文春文庫『小説の周辺』所収)でも、陸羽東線をたどったについて触れている。