星の降る夜[メテオミュージアム]

メテオミュージアム

1992(平成4)年12月10日、木曜日。何事もなく夜が明けた。そしていつも通りの朝が始まった。強いて言えば気温が高かった。日本海側を低気圧が通り抜けていったせいだろうか、12月だというのに、大阪では17.4度、松江では17.5度にまでなった。平年より6度も高かった。

そのころ、ヤツはすでに吸い寄せられるようにして地球へと向かっていた。だが、地球の人々はだれ一人としてそのことを知らなかった。

夜になった。時計は午後8時半をまわった。宮沢喜一首相はホテルニューオータニで国立民族学博物館の梅棹忠夫館長との会食を終え、官邸に向かっていた。自民党の粕谷茂政治改革本部長らがじりじりしながら首相の帰りを待っていた。自民党の小沢一郎元幹事長が、羽田孜蔵相らとともに今夜にでも新派閥を立ち上げるという。場合によっては離党するかもしれない。その最新情報をなんとしても伝えなければならない、と。

そんな地上の些事をよそに、もうこの時にはヤツは加速度的にスピードを増し、地球へと突き進んでいた。地球には大気圏がある。この層はいままでになんどもこうした連中をはねつけ、あるいは焼き尽くしてきた。だが、今日のヤツは——。

午後9時前、大阪フェスティバルホールで開かれた全日本有線放送大賞はグランプリに米米CLUBの「君がいるだけで」を選出し、幕を下ろした。ほどなく、広島の上空にほんの一瞬だけ、火の玉がよぎった。ヤツと大気圏との最初で最後の激しい接触だった。

午後9時になった。関西テレビでは「とんねるずのみなさんのおかげです」のオープニングが流れた。今日のゲストは荻野目洋子とかとうれいこだ。と、その時——。

突入経路

「雷かと思った」と島根県美保関町惣津のMさんは報道陣に述べている。

「度肝を抜くような激しい音」(「AERA」1993年1月5日号)がして、部屋には煙が立ちこめていた。は、2階の屋根に穴を開け、洋間を突き抜けて、1階の居間の畳をも貫いていた。でも、なのに焦げた跡ひとつなく、電気器具も無事だったのが不思議だったという(「松江市メールマガジン」第158号)。

翌日、落雷の被害ということで農協の保険担当者が訪れた。夕方になって床板をはがしたところ、床下に石が転がっていた。最大長25.2cm、重量6.385kg。これがヤツの正体だった。

美保関隕石

Mさん宅は隕石が落ちた家ということで一躍有名になった。マスコミが押しかけ、国立科学博物館の研究員が飛んできた。

発見が早かったこともあり、ヤツからは宇宙線によって形成されるスカンジウム44メタスターブル(44mSc/半減期2.44日)が世界で初めて検出された。これによって、何かの間違いで漬け物石が空から降ってきたのではなく、正真正銘の「隕石」であることが決定的となった。また、この隕石は6100万年もの間、大きな衝撃を受けずに宇宙空間を漂っていたことがわかった。

ヤツは「美保関隕石」と命名された。

隕石の直撃を受けたカーペット

隕石は調査終了後、地元で保管されることとなった。町では計画中の七類港ターミナルビルの設計を急遽変更、展示室を備えたメテオミュージアムがオープンした。
現在、同ミュージアムでは、隕石の実物のほか、割れた瓦、二階の床板、破れたカーペットなどが展示されている。また、家屋の模型が置かれ、隕石の突入ルートが一目でわかるようになっている。

メテオミュージアム展示風景

Mさん宅は海のすぐそばである。もうちょっと落下地点がずれていれば、海の中に落ち、二度と人目につかなかったであろう。また、直撃を受けた居間はMさん両親の寝室だったが、この日はたまたまふたりともここにおらず難を逃れたという(「AERA」前出)。大まじめに展示されている、破れたカーペットや穴の開いた床板を見ながら、その偶然性にはただただ驚くしかなかった。

美保関隕石

レプリカを持ってみた。見かけのわりにずしりと思い感じがした。

ここが、長年にわたって宇宙を飛翔してきたヤツの終の棲家になるのであろうか。だが、ヤツにしてみれば、たかが450万年前に現れた人類という連中が造った鉄とコンクリートの奥津城など、「かりそめの宿に過ぎない」と思っているのかも知れない。

この隕石の母体は何十億年もの間、宇宙空間を漂ってきた。そして、6100万年ほど前に大きな衝撃を受けて、今の形になった。今ここにこうしていても、地球が何らかの強い衝撃を受けると、ほかの岩石とともにふたたび宇宙へ飛び出していくかも知れない。

ヤツは、それまでの間の、ほんのつかのまのひととき、メテオミュージアムで貴方を待っている。

メテオミュージアム(松江市美保関海の学苑ふるさと創生館 隕石展示学習施設)
住所 島根県松江市美保関町七類3246-1
TEL 0852-72-3939
開館 9:00〜17:00(水曜、年末年始休館)
入館料 一般600円、中〜高校生400円、小学生300円
交通 JR境線境港駅よりタクシー15分または山陰本線松江駅よりバス40分、七類港下車。隠岐航路のターミナルビル内
ワンポイント メテオミュージアムのある「メテオプラザ」は隠岐航路が発着する七類港ターミナルビル。温海水プールやサウナ、浴場を併設している。毎年3月にはツバキ展が開かれ、愛好家に人気。