魂を揺さぶる昭和30年代展示[フローティングパビリオン羊蹄丸/青函ワールド]

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★2011年9月30日をもって展示終了、閉館

 航空機万能の「今」にあってはなかなか想像しづらいが、永らくというものは「出会い」と「別れ」を、あるいは「人生」というものを想起させるアイテムであった。そのことは、出来のいいカラオケボックスで『津軽海峡冬景色』とか『マイウェイ』などをセレクトしてみると、船をモチーフにした映像に出会うことからもうかがえる。

 そんなのひとつに「青函連絡船」がある。1988(昭和63)年に津軽海峡から姿を消したこれらの船は、スクラップにされたものもあったが、そのなかの一隻がここ、東京臨海副都心に浮かぶ。その名も「フローティングパビリオン羊蹄丸」。
 「船の科学館」の一施設として、南極観測船「宗谷」とともに臨海副都心の桟橋で、パビリオンとして余生を送っているのだ。

 さっそく船内に入ってみる。船長の人形が人と海との関わりをとうとうと説教したり、10円玉でも入れなきゃいけないかと思わせるようなイルカのアトラクションなどが立ち現れるので、子どもだましの施設かと思ってしまうが、そうではない。この船には、「人生」の一断面ともいうべき、「時代」というものが詰まっているのである。

 では、この船一番の見どころ、「青函ワールド」に直行しよう。エスカレーターで階下に降りると、そこは青森の駅前。町並みがちょっとレトロなのは、「今」が昭和30年12月15日午前6時23分だからだ。ここの展示は小道具に至るまで、とことん時代考証がなされ、その当時にあわせているという。早速、その「時代考証」のお手並みを拝見といこう。

 まず、青森のストリートがある。両側には、商店が5、6件立ち並び、津軽弁と南部弁が飛び交う。

 建物の壁を見ると、ゴジラの看板。「青森東宝」の文字が輝いている。この看板は当時の復元だが、その下の貼り紙にも時代が反映されている。「理髪女師」という文字が目に飛び込んでくる。ほかにも「石炭練炭 大量入荷大安売り 佐々木商店」とか「豆腐見習 多数採用 住込20才前後 伊藤豆腐店」などが電柱や塀に貼ってある。
 給与設定などもそのまま再現されているので「下働女中 委細面談 月給四千円 高葉ホテル」というのを見れば、当時の給料がわかろうというもの。オロナインのホーロー看板や平和ストーブなんていう広告もあり、壁を見ているだけでも楽しめる。

 

 そのまま青森駅の中に入っていくと運賃表がまず目に止まる。初乗りは10円だ。料金もそうだが、「二等」「三等」の文字に時代を感じる。隣の売店に目をやると「鉄道弘済會」の堂々たる文字。「Kiosk(キヨスク)」ではないのだ、キヨスクは1973(昭和48)年に弘済会売店の愛称として登場したものだから、ここはあくまでも「鉄道弘済會」でなければならないというわけだ。
 ということは店頭も当時のままかな、と思いながら品揃えをみてみよう。

 『農業朝日』なる見慣れない雑誌が並んでいる。当時、朝日新聞社から出ていた農業者のための雑誌だ。さらには『週刊朝日』『サンデー毎日』に混ざって『暮らしの手帖』も。これが当時の売店のラインナップだったのだ。
 新聞にも目を向けてみると、日付は当然今日12月15日。並ぶのは「北海道新聞」の函館版。青函連絡船で運ばれてきたのだろう。

 タバコは「みのり」や「富士」といった銘柄、その隣にはサイダーの瓶がなめらかなシルエットを浮かばせている。素朴な竹籠に入れられたリンゴは旅行者のお土産用。今ならクール宅急便で…といったところだが、この当時はこれを抱えて帰ったのである。なお、東京まで、特急を使っても10時間はかかる。

船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸 船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸

 リンゴ店ものぞいてみよう。素人目にはただのリンゴ屋さんだが、実はここにも時代があった。
 店先に並ぶのは、当時リンゴ栽培の主流であった「国光」や「インドりんご」なのだ。注意深く見ると、脇に積んであるリンゴ箱に國光との文字が打たれている。

船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸 船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸

 朝市の卵は1個15円。ふしぎと卵の値段だけは今とそんなに変わっていない。
 魚屋ではジオラマの人形が夫婦げんかをしている。大ゲンカのドタバタに目を奪われてしまうが、店先にはなるほど冬だからか、丸々と太ったタラが並ぶ。その隣には立派なシャケ。値札も当然、当時の相場だ。

 さっき、女中の給料が四千円と求人の貼り紙に書いてあった。さて、そこから税金や家賃などを差し引いて…、あるいは今の自分の給料を四千円のn倍とし、そのnをこれらの商品の値札に掛けてみて…。今晩のおかずには何を買おうか。ここでは、そんな楽しみ方もできるのである。

船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸

 この青函ワールドには特に奇をてらった展示はない。何気ない普通の光景を、時代に忠実に再現しただけだ。
 だが、その緻密さたるや、青森県の、とある地方紙の年輩社員が取材中に感激のあまり泣き出してしまったという話があるほどである。
 彼がここで見たものは、今、郷里の青森へ帰省すれば見られたモノではないはずだ。ご存知の通り青函連絡船はすでになくなってしまっている。駅前市場も再開発されてその姿を変えた。

船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸

 彼が遭遇したのは、店先のリンゴとか、弘済会の品揃えといったようなものから呼び起こされた「自分たちの時代」の記憶だったのであろう。
 彼は、おそらく片手には貰ったばかりのリンゴの質感を、もう片方の手には、その時手をつないでいた母親か兄弟姉妹かのその手のぬくもりすらよみがえっていたに違いない。

船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸

 最近、飲食店であれアミューズメントパークであれ、食傷気味なくらい「昭和30年代」ブームだ。あちらこちらでお手軽な昭和30年代が跋扈している。
 そのような中で、この施設はイメージや雰囲気のみを追うことなく、地道な作業で、裏付けを持った展示を造り上げた。そして、ごく少数の観客に対してではあろうが、その緻密な展示によって、彼らの魂を揺さぶることができたのである。そのことだけをもっても博物館冥利に尽きるといってもいい。

船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸 船の科学館:フローティングパビリオン羊蹄丸

 我々もいずれ、新宿あたりの再現展示に出会い、コンビニ店頭の品揃えや、携帯を耳に「超ムカツクー」とか喋っている茶髪の女子高生のジオラマを見て、涙する日が来るのかも知れない。

フローティングパビリオン羊蹄丸/青函ワールド(船の科学館)
住所 東京都品川区東八潮3-1
TEL 03-5500-1111
開館 10:00〜17:00(月曜休館。祝日の場合は火曜休館)
入館料 200円(船の科学館・宗谷共通/2011年9月30日まで)
交通 ゆりかもめ・船の科学館駅より徒歩2分
ワンポイント 「フローティングパビリオン羊蹄丸」は2011年9月30日をもって閉鎖。保存・展示を終了する。「船の科学館」本館展示も休止する。