[Topics]博物館に見る、疫病除けのまじない

深川江戸資料館

深川江戸資料館(東京都江東区)に再現された江戸時代の長屋。入口に風邪除けのおふだが貼られている

新型コロナウイルス感染症対策により、博物館などの文化施設も臨時休館が相次いでいる。
今回の騒動に限らず、人々は古来から疫病に苦しんできたため、博物館の展示物にも「疫病除け」にまつわる品々を見いだすことができる。

江戸時代の町並みを実物大で再現した、深川江戸資料館(東京都江東区)では、長屋の入口に「久松るす」と書かれた風邪除けのおふだが貼ってある。

歌舞伎・浄瑠璃の「お染久松」が人気だった頃に流行した風邪——おそらくインフルエンザか何かであろう——が「お染風邪」と呼ばれていた。そこで、「(お染さんの恋人の)久松さんはこの家にはいません」というまじないが行われたという。

深川江戸資料館

「久松るす」と書かれた風邪除けのおふだ。この長屋の住人が久松さんというわけではない。深川江戸資料館

そのようなおふだも浦安まで来ると貝殻になる。
昭和27年(1952)頃の浦安の町並みを再現している浦安市郷土博物館(千葉県浦安市)には、1棟だけ、本物の江戸時代末期頃の長屋が移築されている。このような長屋が現存し、保存されているのは極めて珍しいことなのだが、そこの軒先にも「久松るす」のまじないを見ることができる。
貝殻に書かれているところが、漁師町らしい。

浦安市郷土博物館

浦安市郷土博物館(千葉県浦安市)の長屋に掛けられた、「久松るす」のまじない

山口県の日本海側に浮かぶ青海島(山口県長門市)の通(かよい)地区には、アワビの貝殻に「○○はいない」と家の子どもの名を書くという、はやり病のまじないが伝わっている。
通地区にある、くじら資料館(山口県長門市)は、古式捕鯨の用具や漁民の暮らしなどを展示している施設だが、アワビの貝殻によるまじないも展示されている。アワビの光彩に魔除けの呪力を見いだしたのであろう、貝の内側を外向きにして吊す場合と内向きにして吊す場合があったという。

くじら資料館

アワビの貝殻を用いた疫病除けのまじない。くじら資料館(山口県長門市)にて

名を書くといえば、古代〜中世の遺跡から墨で氏名を書いた土器が見つかることがある。食堂で私の茶碗だとわかるように……というわけではないらしい。これも疫病などの災厄を除けるまじないの一種のようだ。

新潟県立歴史博物館

墨書土器などを展示した「まじないの道具」コーナー。新潟県立歴史博物館(新潟県長岡市)

平安時代初期の仏教説話集『日本霊異記』にこのような話がある。

布敷衣女という女性が病気になった。女性はご馳走を用意して門前に置き、疫神をもてなした。疫神は恩に感じ「同じ名の人がいるなら、お前の身代わりにしよう」と言って、女性の命はとらず、隣町の同姓同名の人の命を奪って帰って行った——

川尻秋生『揺れ動く貴族社会』(2008年・小学館)によれば、この説話に似た信仰がすでに東国であったようで、千葉県八千代市などでは、住所、氏名、年月日に加え「召代進上(冥界に召される代わりのご馳走を進上する)」の文字が書かれた、奈良末〜平安初期の土器が出土している。
これらの土器は、八千代市立郷土博物館(千葉県八千代市)に展示(複製展示も含む)されている。

平城宮跡資料館

土器に顔を描くまじないもあった。自分の顔を描いたとも、疫神の姿を描いたとも言われている。平城宮跡資料館(奈良市二条町)で展示されている人面土器

このほか、土器に文字や顔を描いたものや、薄い板を切り欠いて人のかたちにした人形(ひとがた)などがあり、これらはケガレを祓ったり、疫病などの災厄を除けたりする祭祀具と考えられている。

平城宮跡資料館

平城宮跡資料館の人形(ひとがた)の展示。馬などをかたどったものもあった

このような祭祀具は特定の地域に限らず、各地から出土している。奈良〜平安時代の律令体制の整備とともに、都の祭祀が各地へもたらされたのだろう。まじないの祭祀具は、都から地方への文化の伝播を語る品々でもある。

新潟県立歴史博物館

新潟市内の古代の遺跡から出土した人形(ひとがた)。都(平城宮)と類似したものが使われている。新潟県立歴史博物館

こうしたまじないも中世になると仏教、とりわけ密教の影響を受けた文言や梵字などが加わるものが見られるようになる。
草戸千軒と呼ばれた中世の港町を実物大で再現している、広島県立歴史博物館(広島県福山市)の展示にも、町の入口の門柱に疫病除けの呪符が掛けられている。

広島県立歴史博物館

室町時代後半の草戸千軒遺跡の町並みを再現した、広島県立歴史博物館(広島県福山市)の展示。疫病除けの呪符が掛かる

同館の草戸千軒遺跡・出土品の展示では、呪符のほか、奈良〜平安時代以来の人形(ひとがた)が祭祀具として依然として使われていたことがわかる。

広島県立歴史博物館

広島県立歴史博物館の草戸千軒遺跡・出土品の展示。人形(ひとがた)や呪符が見える

まじないや呪符に注目して展示を見ていくと、その時代時代の信仰の変遷とともに、災厄から逃れたいという人々の変わらぬ気持ちを感じることができるだろう。

【今回取り上げた博物館は、新型コロナウイルス感染症対策の緊急事態宣言等により、臨時休館を行っている場合があります。各館のサイトなどで、最新の開館情報をご参照下さい】