昭和の民家をまるごと博物館に[昭和のくらし博物館]

昭和のくらし博物館

昭和のくらし博物館は、民家園のように移築したのではなく、現在地に70年近く建っているものなので、まわりの環境に溶け込んでいる

案内板がなければ入っていくのがためらわれるほど、細い路地を通り抜けて、奥まった所に一軒の民家が建つ。これまた看板がなければ、博物館とはわからない。
これが、1951(昭和26)年築の民家がそのまま博物館になっている「昭和のくらし博物館」。生活史研究家の小泉和子氏が、自身の生家を博物館として公開しているものだ。

家屋は、1950(昭和25)年に始まった政府の住宅政策である、住宅金融公庫の融資を受けて建てられた「公庫住宅」の最初期のもの。
当時は建築資材が不足し、また融資にも工事費の制限などがあったため、〈規模も小さく、いたって粗末なつくり〉(同館パンフより)という。

「当時は新建材がなく、ベニヤ板を多用しています」とスタッフの方に言われ、ふと天井を見上げると、なるほどベニヤ板が貼られている。ところどころに竹材を貼ってアクセントにし、粗末で単調な感じを払拭しようとした工夫のあとがある。

台所はもともと、セメントに小石を混ぜた人造石研ぎ出しの流しだったが、のちの改築でステンレス張りにされている。注目すべきはその高さだ。今の流しよりかなり低い。これでは毎日の炊事で腰を痛めそうだ。
のちに、公団住宅やシステムキッチンの時代になると、流しの高さが問題視され改善されていく。この家もさらに改築されればそういうシステムキッチンを導入したのであろうが、この高さのまま時間が止まっている。

茶の間には丸いちゃぶ台と当時の食事の再現。麦の入ったご飯に焼き魚、味噌汁に漬物などが並ぶ。今の感覚だと「ヘルシー!」と思えてくるが、食事のバリエーションが少なく、「三食ともこんな感じのこともあったそうです」とスタッフの方。戦争が終わってまだ6年しか経っていない。庭も畑にして食卓の足しにしていたという。

急な階段を昇って2階へ上がる。
角部屋で眺めのいい四畳半からは庭の柿の木が見える。実はまだ青い。
窓はわずかに開いており、部屋の中を心地よい風が吹き抜けていく。

風が吹くたびに窓ガラスがガタガタと音を立てるのも、サッシ全盛の今ではなかなか味わえない感覚だ。

ここは子供部屋として使われていた。展示されている人形やおもちゃからは、手作りや紙製の玩具がプラスティック製の既製品へと移り変わっていく様子がうかがえる。
この家では下宿人をおいていたこともあり、子供部屋の隣にある企画展示室は、本来は下宿人用の部屋だったという。現在は2019年9月13日〜2021年3月28日の会期で、企画展「スフとすいとんの昭和」が展示されている。

1階におり、ふたたびちゃぶ台の前に座ってみる。
奥の方の、のれんで区切られただけの「事務室」から陽気な話し声が響いてくる。所用で訪れた人とスタッフとの間で話が盛り上がっているようだ。団らんの場である茶の間にふさわしいBGMのような気がした。

昭和のくらし博物館

池上線久が原駅から久が原栄会通りを歩き、野津原医院の角の細い路地を入る

筆者はこの博物館が公開された翌年の2000(平成12)年にここを訪れている
その時、スタッフの方からうかがった話では、年配の来館者のなかには「なんでこんな珍しくないものを展示しているんだ!」と怒ってしまう方もおられるとのことだったが、それから約20年。
もう、「珍しくない」といって怒る人も少なくなったろう。

戦後高度経済成長以前の暮らしの息吹が、家財道具一式とともに家屋まるごと保存されているという価値は、時代を経るごとに、ますます高まっていくことだろう。

昭和のくらし博物館
住所 東京都大田区南久が原2-26-19
開館 10:00〜17:00
開館日 金・土・日曜日・祝日(年末年始、9月上旬に臨時休館期間あり)
入館料 大人500円、小学生〜高校生300円
交通 東急多摩川線下丸子駅より徒歩8分/東急池上線久が原駅より徒歩8分
開館年 1999年
ワンポイント 主屋部分は2002年に国の登録有形文化財に指定された。左手の増築部分には談話室があり、同館が取り上げられた書籍などを閲覧することができる。