全国初、勝海舟の記念館[大田区立勝海舟記念館]

大田区立勝海舟記念館

勝海舟の等身大パネルが出迎えてくれる。身長は156〜157cmと言われている

2019年9月7日、東京の洗足池(大田区南千束)に、大田区立勝海舟記念館が開館した。勝海舟(1823-1899)の記念館としては、全国初になる。
なぜ、洗足池かというと、かつて海舟の別邸があり、現在も勝海舟夫妻の墓所があるという、ゆかりの地だからである。


大田区立勝海舟記念館

大田区立勝海舟記念館。昭和初期に建てられた、ネオ・ゴシックやアールデコの折衷様式である旧清明文庫を改修して開館した

建物は、国登録有形文化財で1928(昭和3)年竣工の旧清明文庫(鳳凰閣)を改修して使用している。
清明文庫は、東洋文明の啓蒙活動を行っていた清明会が設立したもので、建物自体は海舟と直接の関係はないが、清明会は海舟の別邸を敷地内に移築保存し、講演会などの顕彰活動を行っており、勝家も蔵書を寄贈するなどしていた。その後、公会堂として使用され、戦後になって学習研究社(現・学研ホールディングス)の所有となっていた。

大田区立勝海舟記念館

池の畔にあった海舟の別邸は、戦後まもなく火災で焼失してしまった。写真は2階に展示してあるジオラマ。よく見ると海舟らしき人物も…

清明会が移築保存していた海舟の別邸は、戦後まもなく火災で焼失してしまったが、旧清明文庫の建物は残り、ネオ・ゴシック様式の4本の尖塔やアールデコ調の装飾を今でも眺めることができる。

大田区立勝海舟記念館

館内は昭和初期の装飾が比較的よく残されていたといい、修復や復元をして竣工時の姿に近づけている

館内は、1階の資料ゾーンと2階の大型映像やジオラマのゾーンに大別できる。このうち、2階は写真撮影が可能。
エントランスには海舟の言葉からその人物像を描き出す映像「海舟ブレイン」、中ほどに咸臨丸の航海をCGで再現した「時の部屋」、階段脇に海舟ゆかりの様々な地をモニターで紹介する「全国行脚」、2階に海舟や洗足池を紹介する「大型モニター映像展示」と、随所随所に映像展示を用いている。

大田区立勝海舟記念館

2階にある「勝海舟胸像」。高村光雲の弟子である本山白雲の作品で、かつて東京都議会に保管されていた

意外だったのは、大田区が所蔵・寄託資料を多く所有していたことだ。これは記念館構想を進めていくなかで、かなり入念に準備したからに相違ない。
ざっと見回しただけでも、海舟所用の肩衣長袴・大礼服、松平春嶽から海舟宛の書状、海舟所用の羅針盤、航海道具、アメリカで購入したという蒸気エンジンの模型などが並ぶ。
これらの資料をたどっていくことで幕末から明治後期に至るまで生き抜いた海舟の生涯をうかがうことができる。メモや書き付けの類もいくつか残されており、様々な走り書きはアイディアノートを見るようである(本当は備忘録的なメモなのかもしれないが)。

そして、1階の一番奥まった所(展示室4)には、海舟が1860(万延元)年に咸臨丸で渡米した際、サンフランシスコで撮影したという写真があった(寄託資料)。よ〜く見ると、写真はモノクロなのに、頬がチークを入れたようにわずかに赤い。海舟が戯れで写真に紅を塗ったと伝えられている。

なお、この展示室の奥の部屋は、天井が突然低くなり、やや圧迫感がある。これは旧清明文庫が建物の南側を2階建てとし、北側を3階建てとしたからだ。南側を講堂として使い、北側は資料室にしようとしたのだろう。このあたりの建物のカラクリは、2階の建築模型ジオラマを見ると氷解する。

大田区立勝海舟記念館

旧清明文庫の建築ジオラマ。建物の左右(南側と北側)で2階建てと3階建てが混在しているのがわかる


大田区立勝海舟記念館

建物自体も見どころのひとつ。昭和初期の建築をうかがうことができる

2階では、江戸城開城などを作家の半藤一利氏らが解説する映像が流れており、「勝海舟ってなんとなく知ってるけど、どんな人だっけ?」という来館者は、2階の映像を見てから、1階の資料を見るとわかりやすいだろう。

勝海舟墓所(東京都大田区)

洗足池畔には勝海舟夫妻の墓所などの史跡がある

大田区立勝海舟記念館
住所 東京都大田区南千束2-3-1
開館 10:00〜18:00
休館日 月曜日(祝日の時は翌日が休館)、年末年始、臨時休館日
入館料 一般300円、小中学生100円
交通 東急池上線洗足池駅より徒歩6分
開館年 2019年9月7日
ワンポイント ミュージアムショップには一筆箋、クリアファイル、勝海舟の肖像写真を使った絵葉書などのグッズがある。