[感想後記]世界最古のヒーロー物語とその背景/古代オリエント博物館「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」展

古代オリエント博物館「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」展

「人類最古の文学」と称されている『ギルガメシュ叙事詩』は、粘土板に楔形文字で刻まれた状態で、19世紀に再発見された

古代オリエント博物館(東京・池袋)では、夏の特別展「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」を2019年7月13日〜9月23日の会期で開催中。
ギルガメシュは、約5000年前に古代都市ウルクを支配した実在の王で、死後数百年経って彼を主人公とした『ギルガメシュ叙事詩』が成立した。何がすごいって、日本なら縄文時代の頃の王様の物語が解読され、現代に伝わっているところだ。

展示は、ウルクの考古学的発掘成果や当時の生活、戦闘の様子などを紹介しつつ、断片的に発見された粘土板から『ギルガメシュ叙事詩』の全体的な構成をたどり、さらに古代オリエントにおける「英雄」像について触れていく。

19世紀、イギリスの調査隊によって叙事詩の粘土板が発見された時、その中に旧約聖書の「ノアの洪水」に酷似した物語があってヨーロッパ人に衝撃を与えたが、この叙事詩は様々な物語の元になり、また叙事詩自体も先行する様々な物語の影響を受けて成立している(例えば、洪水の話は先行する『アトラム・ハーシス』の洪水物語を下敷きにしているなど)。

会場にはギルガメシュ叙事詩や、後続する古代オリエントの英雄物語の概略が解説されているが、神によって送り込まれた敵方と格闘のすえ友人になったりとか、とにかく後世の創作物で多出するプロットがいろいろと出ていることに気がつかされる。
と同時に、そのプロットなり概略なりをオマージュとしていただくのは、現代まで続いていると見られ、どっかで聞いたことのあるような固有名詞がちょくちょく出てきて、思わずニヤニヤしてしまう(例えば、「イスカンダル」など)。

さて、これらの伝承に欠かせないのが文字だ。会場には、文字の始まりの手がかりとなる「トークン(数え駒)」の複製が展示してある。様々な形をした小型の粘土製品で、羊や牝牛、パン、羊毛などを意味している。サイズも見た目も、お菓子の「おっとっと」だ。なお、円錐形は「たけのこの里」にそっくりだ。

この使い方だが、例えば羊を5頭、先方へ送る時、粘土製の密閉容器の中に羊の「おっとっと」を5つ入れ、封をする。使いの者が羊を連れて先方へ行くと、受取人は容器を割って中を確認する。中の羊の「おっとっと」は5つ、届いた羊は5頭——という具合に取引の証文に使われた。

やがて、数の分だけいちいち「おっとっと」を入れるのではなく、粘土板に羊マークを頭数分刻み、「羊羊羊羊羊」=羊5頭というようになり、そのうち、羊マークの冒頭に「数を示す文字」(数字)を刻んで、「5羊」=羊5頭、というようになった。このようにして文字の起源となったのではないかとする仮説が紹介されていた。

展示パネルでは、マスコットのライオンが「グローバリゼーションの始まりは古代メソポタミア!」と力説している。麦の栽培に成功し、農耕社会を築いたメソポタミア南部では、大量の余剰食糧を周辺地域の石、金属、木材などと交換した。こうした交易が進む中で文字が生み出され、さらに印章による物流システムが完成していったのだろう。
現代人はいまだに、太古の昔にメソポタミアが生み出したシステムの延長線上にいるわけだ。

さて、ギルガメシュ叙事詩でとりわけ印象的なのが、彼とエンキドゥの友情譚である。エンキドゥはギルガメシュを懲らしめるため神が創った存在だったが、両者格闘しても決着がつかず、互いに相手を認め合い、友情で結ばれる。
この〈友情〉を、展示室のパネルは〈地縁や血縁から解き放たれた人間同士の美しい関係〉と述べている。

当時の社会が今以上に〈地縁〉〈血縁〉でがんじがらめにされていたことは容易に想像がつく。と同時に〈地縁〉〈血縁〉で密集していなければ生き抜くことも難しかったろう。
そんな時代に、あえて地縁・血縁とはまったく無縁の〈友情〉というプロットを入れてきたことの意味などを思わず考えてしまった。

『ギルガメシュ叙事詩』を読む

……というような感想を抱いたのだが、よく考えたら自分はまだ『ギルガメシュ叙事詩』を読んだことがなかった。
そこで、企画展から帰ってから、読んでみることにした。

ところどころ同じフレーズの繰り返しが多いが、これは「大事なことだから二度言いました」ということではなく、永らく吟誦されて口伝だったものを、文字にとどめたからなのだろう。
解説によれば、一行に2ないし4の拍子が含まれている、という。

もとが楔形文字の刻まれた粘土板だから、訳文も

森を〔   〕、杉の木を〔   〕  ※〔〕は読解不能

とか、
〈以下、10行破損〉
という具合に、まるで古文書を読むようである(←古文書だよ!)。

それにしても、もっと粗野な「誰がどうした」という淡々とした記述の羅列かと思ったが、欠損部なく読み解かれている箇所は、文章の装飾がすごい。とくに旧約聖書の「ノアの洪水」に酷似した部分は見事だ(読んでいて、「これ縄文時代と同時代の成立だよな」と思ってしまう)。

もっとも洪水の部分は本筋から外れたエピソードで、ギルガメシュが永遠の生命を求めて、伝説上の人物を探し歩き、遂にその人物に会った時、彼が秘事(自分が洪水から生き延びて神に列せられたこと)を語るシーンだ。これはおそらく、その時代——実在のギルガメシュが生きた時代ではなく、叙事詩が編纂された時代(数百年のタイムラグがある)——に伝わっていた、別の伝承がまるっとここに織り込まれたのだろう。
物語がいよいよクライマックスに迫ってきているのに、サブキャラが過去の回想で1話使ってしまうシーンは、今のアニメなどでもおなじみだが、まさかその起源をここに見るとは……。

読んでいると当時の死生観が浮かび上がってくる(これはおそらく、叙事詩が編纂された古バビロニア時代の死生観だろう。ギルガメシュが実在したウルクの王朝はすでに亡い)。そもそもギルガメシュが永遠の生命を求める旅に出たのは、友人のエンキドゥが死んでしまい、死の恐怖に煩悶したからだ。

道中、彼の前に現れる人物が口々に「不死の生命などないから、子どもをかわいがり、妻を喜ばせなさい」「死は人間に定められたものなのだ」と語る。しかし、旅を続けたギルガメシュは最後に「若返りの薬草」を手に入れるが、これを思わぬことから失ってしまい、物語はそこで忽然と終わる。

最初、敵だった人物と友になるという「友情」、その友を奪った「死」への恐怖と永遠の生命を求める気持ち。そして、衝撃的なラスト。なんというか、後世の創作作品のプロットがこの時代(縄文時代ですぜ)に出現している驚き。現在、「エモい」と言われているものの原点がここにあるといってもいいかもしれない。

というわけで、原典の『ギルガメシュ叙事詩』を読んでから行くのも、行ってから読むのもオススメだ。
特別展「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」の会期は、2019年9月23日まで。

古代オリエント博物館「ギルガメシュと古代オリエントの英雄たち」展
住所 東京都豊島区東池袋3-1-4(サンシャインシティ文化会館7階)
会期 2019年7月13日〜9月23日(会期中無休)
開館時間 10:00〜17:00(8月23日、9月20日は20時まで開館時間延長)
入館料 一般800円、大・高校生600円、小〜中学生300円
交通 JR山手線池袋駅より徒歩13分、または東京メトロ有楽町線東池袋駅より徒歩6分
ワンポイント 会場では、古代オリエントの王などに変装して、遺跡写真パネルの前で記念撮影ができるフォトスポット「古代メソポタミアの王に変身してみよう!」が開設されている。