遠い異国の古代文明がもつ、先進性と普遍性[古代オリエント博物館]

古代オリエント博物館

テル・ルメイラ遺跡の復元家屋。千数百年にわたって、出土品や住宅の基礎が層をなしているといい、展示は紀元前1600年頃の生活の様子を復元している

オリエントとはラテン語での意で、ローマ帝国(現・西ヨーロッパ地域)から見た東方世界を指した。その言葉が意味するエリアは時代により多少異なるが、おおむね現代のイラン・イラク・シリアを中心とした西アジアとエジプトからなる。
古代オリエント博物館は、日本初の古代オリエント地域専門の博物館として、1978(昭和53)年10月に開館した。

展示室に入ると、復元家屋が目に飛び込んでくる。シリア北部のユーフラテス川東岸に位置するテル・ルメイラ遺跡の台所と祭祠室(紀元前1600年頃)だ。家屋は日干し煉瓦を積み、木製のドアをつけたもので、室内にはパン焼きかまどが据えられている。

古代オリエント博物館

日干し煉瓦で造られた家屋の様子。ムギをすりつぶすための皿なども出土し、パンを焼いていたことがわかっている

この遺跡は、ダム建設にともない水没する地域にあったそうで、同館の発掘調査の成果がこの展示に活かされている。遺跡からは土器や生活用具のほか、家屋を模した土製品(家形土製品)も出土し、これが当時の家屋構造を知る格好の資料となるという。
なかには、「犬の足跡がついた日干煉瓦」なる出土品もあった。生乾きの煉瓦を飼い犬が踏みつけたのだろう。犬も人々と一緒に家の周りをうろうろしていたことがうかがえる。

古代オリエント博物館

犬の足跡がついた日干煉瓦

ムギなどを栽培する農耕文化は、考古学的な証拠によれば、世界のどの地域よりも早く西アジアに出現した。
館内にはコムギとオオムギの野生種と栽培種を比較した展示もある。野生種は穂が熟すると種子がばらばらになって落下してしまうが、栽培種では熟しても穂から落ちることはない。収穫には後者の方が好都合だ。
この「熟しても穂から落ちることがない」タイプは、最初は突然変異で現れたのだろう。それを人間が長い年月にわたって、そのタイプを選択していったことで、栽培種が確立したとみられている。

古代オリエント博物館

オオムギとコムギの野生種と栽培種の比較。野生種は熟すと穂がばらばらになってしまう。一方、栽培種は熟しても穂がくずれることはない

展示室には本物の出土品に加えて、ハンムラビ法典やロゼッタストーンなど、教科書的な有名どころの「複製品」が脇を固めている。3Dデータから作成したツタンカーメンのミイラのレプリカまであった。
このような展示構成なので、その時代のイメージがつかみやすい。レポート課題の調査だろうか、学生らしき人たちが熱心にメモをとりながら観覧している。

古代オリエント博物館

展示室の様子。中央に立つ黒い碑のようなものはハンムラビ法典(レプリカ)


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ツタンカーメンのミイラのレプリカ。3Dデータによって作成されたもの

メソポタミア(ティグリス川、ユーフラテス川の周辺地域。現在のイラク)、エジプト、イランと各地の古代文明を紹介したあと、展示は「東西文化の交流」ゾーンに入る。
砂漠のオアシス都市として東西交易の拠点となった、シリアのパルミラ遺跡が1/400模型で再現されている。遺跡からは中国・漢の絹織物も出土し、紀元後1〜3世紀には最盛期を迎えたというが、先のシリア内戦で破壊されてしまったと聞くと心が痛む。

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シリア砂漠のオアシス都市として東西交易の拠点となったパルミラ遺跡(1/400模型)。世界遺産として観光客でにぎわっていた遺跡も、内戦によって破壊されてしまった

古代における東西文化交流の象徴的な存在のひとつが、ガラスだ。
紀元前2300年頃にメソポタミアで発明されたガラスは、やがて吹きガラス技法の発明によって、交易品としてユーラシア各地に運ばれた。よく知られているように、日本の東大寺正倉院(奈良県奈良市)にも到来している。
これら交易品となったガラス製品の製作方法の解説も興味深い。

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ガラス製品とその製作方法の解説。メソポタミアで発明されたガラスは、当初は高度な技術を必要とした高級品だったが、紀元前1世紀中頃に吹きガラス技法が考案され、交易品として量産されるようになった

正倉院にある白瑠璃碗や白瑠璃瓶と同形の物も展示されている。正倉院のガラス碗などは櫃に保管されていたので、製作時の風合いを残しているが、西アジアで遺跡から発掘された物は表面が風化して虹色の光を放つという。

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東大寺正倉院にある白瑠璃碗と同形のガラス器(イラン〜メソポタミア南部出土・6〜7世紀頃)

このように同館には、古代オリエントの文明、および、それが周辺に伝播していった時にどのような変化が起こったか(例えば、異国の神の姿で土着の神が表現されるなど)が、わかりやすく展示・解説されている。

「オリエント」というと、遙か昔の遠い異国の彼方というイメージをまとっているが、館内を一巡すれば、ムギとそこから派生したパンやビール、楔形文字による文字システム、さらに印章による物流システムなど、現在、我々がどっぷりと浸かっている物資やシステムが同地起源だということがわかるだろう。

古代オリエント博物館

紀元前2000年代の楔形文字が記された粘土板文書。行政文書から受領書、記録文書まで多岐にわたる。文字の発明は世界各地で多元的に起こったという説もあるが、文字と物資管理システムはセットで西アジアで発明され、それが世界中に普及していったと考える方が説得力があるだろう

ここに展示されているものは、「失われた文明」というようなロマンチックなものではない。現代においてなお、我々は古代の西アジア文明にしばられ、同時にその恩恵なしでは暮らしていけないのである。
そんなことを意識しながら、展示品をたどっていくと、西アジア文明のもつ先進性と普遍性がいっそう魅力的に見えてくることだろう。

古代オリエント博物館
住所 東京都豊島区東池袋3-1-4(サンシャインシティ文化会館7階)
開館 10:00〜17:00(開館時間延長の日あり)
休館日 展示替え期間および年末年始
入館料 一般600円、高・大学生500円、小中学生200円(料金は展覧会によって異なる)
交通 JR山手線池袋駅より徒歩13分、または東京メトロ有楽町線東池袋駅より徒歩6分
開館年 1978年10月5日
ワンポイント 館内にはコレクション展(常設展)のほかに、クローズアップ展示室が設けられ、年に数回、発掘や研究成果の最新情報などをミニ企画展として取り上げている。