[感想後記]チャイナドレスの誕生と変化をたどる/横浜ユーラシア文化館「装いの横浜チャイナタウン—華僑女性の服飾史」展

横浜ユーラシア文化館「装いの横浜チャイナタウン—華僑女性の服飾史」展

横浜華僑の家に伝わるチャイナドレスの展示からは、華僑社会の文化や家族の歴史をうかがうことができる

中国の伝統的な民族衣装と思われることが多いチャイナドレス(旗袍 = チーパオ)。だが、実際には1920年代に誕生した新しいものだ。このワンピース型の活動的な服装は、清朝が崩壊し中華民国が成立するという、新しい時代の流れの中で、より活動的な服装を求めて、満州族女性や漢民族男性の服を参考にして生み出されたという。

横浜ユーラシア文化館(横浜市中区)では、これらチャイナドレスの誕生と変化の歴史をひもとく、企画展「装いの横浜チャイナタウン—華僑女性の服飾史」を、2019年4月13日~6月30日の会期で開催中だ(チラシPDF)。

横浜では、幕末の1859年の開港以来160年にわたって、中国系の人々が暮らしてきた。当地における、幕末から現代までの華僑女性の装いの変遷を、横浜華僑の家に伝わるチャイナドレスと家族写真などからたどることができる。

チャイナドレス(以下、旗袍)といえば、深いスリットを思い浮かべる人も多いだろうが、1920年代当初の旗袍は、袖も裾もゆったりとして、Aラインワンピースのような作りだった。スリットもごく浅いか、ないものもあったという。

そのゆったりとした旗袍を来た娘と、年輩の母親が映った家族写真が展示されていた。母親の方は、上衣とズボンで、これは清朝時代の漢族女性の服装スタイルであったという。

旗袍は普段着でもあったが、同時に礼服としても取り入れられた。広東系の派手な銀モール飾りが、寧波系の花嫁の衣装に取り入れられるなど、独特の文化融合を見せた。これは海外にある華僑社会ゆえに生み出された、と展示パネルは指摘する。

横浜の中華街には何軒かの仕立屋があり、また洋裁店が旗袍を仕立てることもあった。
普段着は中華街で仕立て、外出着は香港で仕立てるという横浜華僑の一家もあったようだ。これなどは、単に国際色が豊かというだけではなく、中国(中華人民共和国)が開放政策を採るまでは故郷の地に帰ることができず、香港(当時イギリス植民地)で故郷の流れをくむ服装店に作らせたという。国際政治が服飾にも影を落としているのだ。

横浜ユーラシア文化館「装いの横浜チャイナタウン—華僑女性の服飾史」展

横浜ユーラシア文化館の企画展「装いの横浜チャイナタウン—華僑女性の服飾史」は、2019年4月13日~6月30日の会期で開催中

会場には、このほか、中国本国における旗袍や中国服も展示され、その流行や変遷をたどることができる。
冬服なのに半袖(裏地にネルが貼られている)のものもあって、礼服なのか勝負服なのか、旗袍に普段着とは異なる意味づけが与えられていた証左となるだろう。

ちょっと驚いたのは、襟がつけかえ式のものもあったということだ。汚れたら洗えるのはもちろん、夏などの暑いシーズンには襟を外して着ることもあったという。襟を外すと、遠目には普通のワンピースのように見える。
日本の着物地を染め直して仕立てた旗袍もあった。和服の反物では生地が足りないので途中で継ぎ合わせたりもしている。日本人である義母の和服を活用したという。

きらびやかな旗袍の服飾デザインが目を楽しませるのもさることながら、横浜に生きる華僑の人々の歴史が、家々に伝わる旗袍からうかがうことができる。

なお、6月15日、23日、28日にはギャラリートークが行われる。また、企画展図録『装いの横浜チャイナタウン―華僑女性の服飾史』は、通信販売でも購入が可能だ。

横浜ユーラシア文化館「装いの横浜チャイナタウン—華僑女性の服飾史」展
住所 神奈川県横浜市中区日本大通12
TEL 045-663-2424
会期 2019年4月13日〜6月30日(月曜休館)
開館時間 9:30〜17:00
観覧料 一般300円、小中学生150円
交通 みなとみらい線日本大通り駅3番出口直結、またはJR根岸線関内駅より徒歩10分