トンネルの落差がもたらしたインスタ映え[濃溝の滝]

濃溝の滝

小櫃川の支流・笹川にあるトンネル。SNSで拡散されて一躍人気スポットになった。時期によって右奥から射し込んだ陽が、水面に反射してハート形になる

房総半島の山間部に、インスタ映えすると話題のスポットがある。千葉県君津市の濃溝の滝だ。
洞窟のシルエットがハート形になるといわれ、その幻想的な光景がSNSで拡散されて一躍人気になった。もっとも、あれは光がほどよい角度で射し込む春と秋の数日間だけで、それも早朝に限られるとのことだ。
そんなわけで、普段は昔のあさひ銀行のロゴみたいな光景をしている。


濃溝の滝

「農溝の滝ではありません」と書かれた看板に出迎えられる

駐車場には売店と清潔感あるトイレが完備され、まるで道の駅のようだ。車を降りると、目に飛び込んで来たのは「農溝の滝ではありません」と書かれた看板。「えっ? さっき『いらっしゃいませ 濃溝の滝へ』と書かれた看板があったけど!?」と、駐車場を間違えたかと一瞬混乱する。

だが、その手作り感のある看板をまじまじと読んでみると、「濃溝の滝」と呼ばれている絶景スポットは実は「亀岩の洞窟」と呼ばれる場所であり、「農溝の滝」は渓流沿いの数十m離れた所にあるという。そこには元々精米用の水車小屋があり、それを回すための農業用水路に流れる滝が「農溝の滝」だという。それも、各所に掲げられた看板には「×濃 さんずいはつきません」と注記がついている。

濃溝の滝

本来(?)の「農溝の滝」の周辺。かつての水車小屋の足場だろうか、岩がハート形をしているとのふれこみ

つまりここには、「濃溝の滝」と「農溝の滝」と「亀岩の洞窟」の三つが混同されながらひしめいていることになる。
朝日新聞2017年6月1日付の〈「濃溝の滝」実は「亀岩の洞窟」〉と題した記事によれば、当初SNSで話題になった際、ハート形のシルエットの洞窟が「濃溝の滝」として誤った形で広まったという。

そういえば、コメディアンの大村崑は、元々の芸名は「大村昆」だったが、芝居のポスターだかに誤って「大村崑」と記され、それで大村崑になったんだっけな——と、どうでもよいことを思い出す。

もっとも「亀岩の洞窟」と名付けられたのも2002年のことだ。地元の人が、洞窟内にある亀に似た岩にちなんで名付けた。
君津市観光課は2017年3月に住民たちと名称問題を議論したが、話はまとまらなかった。結局、「清水渓流広場(濃溝の滝・亀岩の洞窟)」という表記で収めたそうだ(朝日新聞前掲)。

濃溝の滝

「亀岩の洞窟」と名付けられたのもそれほど昔のことではない

展望コーナーには「幸運の鐘」や亀の置物、ハート型の絵馬などが設置されている。名称の混同を知ってか知らずか、カップルや自転車・バイクなどのツーリストたち、年輩の旅行者など、老若男女がひっきりなしに訪れ、思い思いに写真を撮り、水辺に降り、その光景を楽しんでいる。

濃溝の滝

滝を望む展望スポット。平日でも観光客の姿が絶えることはない


濃溝の滝

流れは亀山湖などを経て東京湾へと注いでいる。川岸に降りることもできるが、川に入ることはできない。足元が滑りやすいので注意!

濃溝の滝、いや、亀岩の洞窟は、洞窟内に小規模な数段の滝がある。流れ落ちる水は岩にあたって白いしぶきをあげ、それが射し込んでくる光を反射させる。しぶきは下へと落ちて、水面に映り込む若葉を揺らす。
もし、この滝がなければ、黒々とした水が洞窟内をどうどうと音を立てて流れていくだけで、ここまで注目されることはなかったかもしれない。

濃溝の滝

洞窟が、岩盤を掘り抜いたトンネルであることがわかる。「川廻し」と呼ばれる工事で造られた

この洞窟は、元々は江戸時代、蛇行した河川にトンネルを造ってショートカットさせる「川廻し」と呼ばれる工事でできたものだ。水を通すことよりも、蛇行した旧河道を水田にするという、耕地を増やすことを目的としたものだったらしい。
高低差のある上流と下流をショートカットさせるため、トンネル内に段差ができ、それが滝となって、このような光景が生まれた。「川廻し」は上総丘陵でよく見られたという。川の蛇行の程度、耕地の不足、そして岩盤の工事のしやすさなどが、上総では適していたのだろう。

濃溝の滝

現地に立つ、ライオンズクラブ寄贈・君津市立久留里城址資料館監修の解説板。〈その土地の地質や環境を生かし〉た〈土木遺産〉であると結んでいる

展望コーナーの脇に平坦な木道が続いている。これが旧河道であり、水田の跡だった。現在では水田はもう利用されていないという。
旧河川を水田への導水に利用した跡だろうか、木道の脇に小川がちょろちょろと流れている。その水量は、今の亀岩の洞窟を流れる水とは比べものにならないほど、ささやかなものだった。

濃溝の滝

かつて水田として利用された旧河道

帰途、車で周辺を走行していると、ダム湖などが次々現れる。まわりの山々はせいぜい標高200〜300m級なのに、その山深い感じには驚いた。江戸時代にあって、あの木道のあたりは、労力をかけ岩盤をくり貫き、河道を潰してでも得たかった、貴重な平坦地であったことがうかがわれた。

千葉県立中央博物館・川廻し

千葉県立中央博物館(千葉市中央区)にある「川廻し」の模型。左上に蛇行をショートカットしたトンネルが見える。そこから右方にかけて耕作地になった旧河道が続く。千葉県市原市の養老川の事例

濃溝の滝・亀岩の洞窟
住所 千葉県君津市笹1954
見学 自由
交通 JR久留里線上総亀山駅よりデマンドタクシー15分。車利用だと、館山自動車道・君津ICより房総スカイライン経由約40分
ワンポイント 現地には駐車場、トイレ、土産物屋がある。駐車場は第3まであるが、滝に一番近いのは第1駐車場。