『古鏡のひみつ』——「鏡」から見えてくる日本の文化の底流

『古鏡のひみつ 「鏡の裏の世界」をさぐる』

『古鏡のひみつ 「鏡の裏の世界」をさぐる』新井悟編著(河出書房新社・2018年9月)

まもなく新天皇の即位を迎える。
天皇が即位の際に用いる「三種の神器」のひとつに鏡(八咫鏡)がある。天皇の即位になぜ「鏡」が必要とされるのだろうか?

記紀神話では天岩戸の物語に鏡が登場し、『日本書紀』にも鏡を天皇の位の象徴とする記述(継体天皇、持統天皇など)があることなどから、鏡と天皇の結びつきは相当古いものと考えられる。

「鏡」は特別な存在?

しかし、鏡が特別な役割を担うのは、天皇の即位だけではない。現代でも神社に鏡が祀られているように、鏡は神が降臨する依代(霊代)として信仰されている。古墳からは大ぶりの銅鏡が多数出土しているし、古代中国に目を向ければ、漢代には鏡そのものが皇帝の象徴として扱われている。

これはなにも、過去の歴史や神事などの特別な行事に限った話ではない。例えば、ホラーや心霊ものの映画を見た後なんかに、洗面台の鏡に恐怖を覚える人は少なくないだろう。
現代でも我々の心の底に、鏡を神秘的な存在と見なし、それを特別視する考えがすり込まれているのだ(その手の映画で鏡がしばしば登場するのは、そういう鏡に対する恐怖心や畏怖心をうまく活用しているからなのだろう)。

日本列島に鏡が伝来したのは弥生時代だという。
鏡を神聖視・特別視する考えは、その時から現代に至るまで連綿と続いているといっても過言ではない。
だが、その宗教的・呪術的な意味は時代を重ねるごとに上書き・更新されていった。

川崎市市民ミュージアムの企画展「古鏡 その神秘の力」(2015年)をベースに、担当学芸員の手によって書籍化された『古鏡のひみつ 「鏡の裏の世界」をさぐる』(新井悟編著・河出書房新社)は、考古学や文献学を駆使して、そのような「鏡」が代々まとってきた実用品以外の役割にアプローチする。

中国では「鏡の三国志」が

弥生時代に伝来した鏡は、すでにその時、単なる姿見としてだけではなく、祭祀で用いられるような宗教的・呪術的意味を伴っていたと思われる。古墳時代には鏡が大小に作り分けられるようになった。その大小は各地の王がもつ権威の序列と関係があるのであろう。

そして7世紀、律令制とともに、また新たな鏡の意味づけが日本へ渡ってくる。これが天皇制の確立に大きな影響を及ぼしたというのが、本書の大きなポイントのひとつである。
唐代、中国の道教は(単なる宗教ではなく)律令制と一体のものとされていた。そして、道教は「鏡と剣」を神仙世界の最高支配者のシンボルとみなしている。その最高支配者を天皇もしくは天皇大帝と呼んでいる。

日本に律令制が導入された時、鏡と剣が王権のシンボルとして、「天皇」という言葉とともに入ってきたのであろう。

一方、中国でも、王権のシンボルとなった鏡はその時代の情勢を色濃く映し出すことになる。
三国志の時代もその例外ではなく、蜀と魏では鏡の様式が異なるなど、「鏡の三国志」とも言うべき状況が現出する。これらを鏡の裏(鏡背という)に刻まれた文様から読み解いていく章もある。

「鏡」で知る、古代人の精神世界

なお、鏡(銅鏡)というと古墳の埋納品のイメージが強いが、神奈川県と東京都から出土した鏡は半数近くがムラから出土している。
「ムラの鏡、古墳の鏡」の章では、そのような地域の遺跡の出土品を紹介する。

割れた面を丁寧に研磨した弥生時代の鏡は、鏡が割れても使い続けられたことを意味している。古墳時代の廃絶住居と見られる遺跡(田端不動坂遺跡)から出土した鏡は、玉や勾玉とともに埋められており、古墳時代の「家じまい」の儀式を想起させる。
このように、地域の遺跡の出土品からも、当時の人々の精神世界をもうかがい知ることができる。
(なお、この章の鏡は前述の企画展で展示されたものが多いが、展示解説は図録には収録されていなかった。今回、出土状況の写真なども加え、より詳細に解説が施されている)

現代人にも受け継がれた「鏡文化」

古代から人々は、鏡に対して、姿見という実用品以外の意味を見いだしてきた。鏡を神聖視し、あるいはちょっと不気味なものとして恐れる思いは、現代人の我々に至るまで受け継がれている。

ヒトの生活はさまざまな文化を受容することで形作られている。
ある文化がどのように受け入れられ、それが現代の我々の心の底にどのような影響を及ぼしているのか——そういう、ひとつの事例を私たちは「鏡」から知ることができるだろう。