[感想後記]昆虫を学ぶ、昆虫に学ぶ/国立科学博物館特別展「昆虫」

国立科学博物館・特別展「昆虫」

国立科学博物館では空前の規模となる、昆虫をテーマとした特別展。2018年10月8日まで

国立科学博物館(東京・上野公園)初の昆虫をテーマとした特別展「昆虫」が、2018年7月13日〜10月8日の会期で開催されているので、遅まきながら昆活してきた。
すでに夏休みが終わって久しいとはいえ、親子連れが目立ったが、次いでお一人様が多かった印象を受けた。観覧者が皆すごく幸せそうな顔をしていたのが印象的だ。あの幸せそうな顔は、推しに会っている顔だ。皆、自分の意中の虫に出会えたのだろう。


国立科学博物館・特別展「昆虫」

昆虫好きでNHK Eテレの昆虫番組も話題を呼んだ、俳優の香川照之がオフィシャル・サポーターとなっている。写真は記念撮影パネル

展示は、トリビアの吹き出しをつけて、ぱっと見るだけでも興味を引きつけるようにしたり、虫かご型のパネルに子どもでもわかる解説を入れたりしている。
昆虫のように小さい展示物——そもそもほとんどが掌より小さいサイズなのだ——は、どのように見せるか、とくに混雑時には順番待ちの観覧者をどう飽きさせないかなど、頭を悩ませるところだろうが、標本の上の壁に大きな写真を配置したりと、見せ方がよく工夫されているように思った。

国立科学博物館・特別展「昆虫」

標本が設置された上の空間もうまく活用されている

昆虫の特徴のひとつに、その種類の多さが挙げられる。現在知られている昆虫の種類は100万種を超え、これはじつに全動物種の7割以上に当たる。
加えて、成長する過程での姿態の多様さだ。幼虫→サナギ→チョウのように、成長の過程でまったく似ても似つかない姿に変態する。
しかも、その変態も一筋縄ではない。幼虫がそのまま大きくなる「無変態」、幼虫が成長して羽が生える「不完全変態」、チョウのように全く姿形が異なる成長を遂げる「完全変態」の3パターンがある。

国立科学博物館・特別展「昆虫」

幼虫→サナギ→成虫とまったく異なる姿になる、「完全変態」を行う種が多いのも昆虫の特徴だ

近年、生物の進化の過程をさぐるのに、DNAやRNAなどの塩基配列を調べることによって系統樹を作成する方法が知られている。会場にもその一例として、「昆虫の系統研究最前線」と題したパネルが掲示されていた。
これによれば、昆虫の出現は4億8000万年前(オルドビス紀)で、4億4000万年前に無変態の昆虫(昆虫網に分類される「狭義の昆虫」の出現)が、4億年前に羽をもつ昆虫(変態する昆虫)が、そして3億5000万年前(石炭紀)には完全変態の昆虫が出現し、現在までの主な系統が出そろったという。

国立科学博物館・特別展「昆虫」

昆虫の出現と進化を示した「昆虫の系統研究最前線」のパネル

なぜ、そのまま大きくならず、あえてひと手間もふた手間もかけた変態をするのだろうか。幼虫と成虫で生活の場所を変えることで、エサの奪い合いを避け、成虫は異なる環境に身を置き繁殖に専念するためだという説がある。
そう考えると、羽をもったのも、平面を這い回る二次元から、空間へ飛翔して三次元へと生活環境を移すためだったのかと思えてくる。

九州大学総合研究博物館の丸山宗利准教授は〈昆虫の99%が飛翔能力を持ち、8割以上が完全変態を行うことから、これら二つの能力が昆虫の多様化に大きな影響を与えていたことは明らかだ〉と指摘している(会場で配布されていた読売中高生新聞「昆虫」特別版2018年より)。

昆虫は変態という戦略をとることによって、各々がさまざまなパターンでさまざまな居場所を見つけ、その結果、種の多様性を得たのであろう。

ところで、原初の昆虫が出現したオルドビス紀というと、極めて原始的な陸上植物の時代だ。昆虫はその後むちゃくちゃ多様化したのに、不思議なことに海には還らなかった。
我々哺乳類だって、水中呼吸できないにもかかわらず、クジラやイルカのように海へ進出するものもいたのに、しかも淡水中にはタガメやゲンゴロウなどの水生昆虫がいるのに、である。

昆虫の、地上での多様化の大成功と、一方で海水中には見向きもしないというアンバランスが、生物を探究するおもしろさでもあるだろう。

そういえば、「生命は海から生まれたのに、昆虫は海にいない!」「体の構造もちょっと違う!」という点をとらえて、《昆虫は宇宙からやってきた!!》という話を高校の頃、雑誌「ムー」かなんかで読んだことを思い出した。いや、冷静に考えると、どうみても節足動物の一員でしょう…。

国立科学博物館・特別展「昆虫」

会場には膨大な昆虫標本が展示

さて、会場を進んでいくと、「ヴーーッヴーーッ」という携帯電話のマナーモード着信の音がかすかに聞こえる。最初は気にしなかったものの、あまりにもマナーモード着信が多い。これは一体どういうことだと思ったら、ある展示の1コーナーから、そのマナーモード着信の音がする。誰かが展示の中に携帯を置き忘れた…のではなく、カミキリムシなどの害虫を樹から追い出すため、樹に振動を与えるという防除策があるという説明のコーナーであった。
ボタンを押すと、「ヴーーッ」という音を立てて機械が樹木に振動を与える。これによって、害虫を防げるというのだ。

会場中ほどにあるこのコーナーでは、このような虫の習性を利用した最新知見を紹介している。

例えば、「虫はなぜ光に集まるのか?」というパネル展示。
夏ともなると、網戸に虫が集まることが多い。虫が灯りに寄ってくるのは昔から知られているが、彼らは光源のど真ん中を目指して飛んでいるのではなく、光と暗闇の境界(エッジ)に向かって飛翔しているという「エッジ仮説」が近年注目されているという。

これは、虫は自然光と木の葉の色が生み出す明暗のコントラスト(エッジ)に引き寄せられているという説だ。自然環境下においてカメムシを使った実験では、昼夜を問わず、空と樹木の境(エッジ)に向かって飛んでいったとのこと。

たしかに、野っ原に立ってまわりを見回してみると、(人工物を除けば)明暗がくっきりしている所は空と樹木の境目だ。昆虫からすれば、まず樹木が生えてる場所を目指すのが第一で、そのためにはコントラストのある所を目指していけばいいということなのだろうか。

植樹林

昆虫は自然光と木の葉による明暗のコントラスト(エッジ)に引き寄せられて飛翔するという仮説が提唱されている

ということは、網戸に虫がきてほしくなければ、忌避剤を護符のようにぶら下げるんじゃなくて、窓も含めた壁面全体を発光させれば、虫は家の縁に沿ってよけていってくれるかもしれない?——とまでは書いていなかったが、たしかに空と樹木、明と暗のコントラストだよなぁと気がつかされたパネル展示だった。なお、この「エッジ仮説」の知見は虫を駆除する光捕虫器に応用されているという。

後半の「昆虫研究のこれから」では、昆虫のナノレベルのすごさを実感する。
例えば、モルフォチョウは青い色素をもってるのではなくて、青色の波長の光のみを強調する鱗粉をもつ。また、ガなどの眼にはモスアイ構造と呼ばれる微小な突起があり、これが低反射性と撥水性を発揮する。この仕組みが今、産業面で応用されつつあるという。そんな昆虫に学ぶ展示も印象的だ。

国立科学博物館・特別展「昆虫」

モルフォチョウの羽の色は、青の色素ではなくて、青色の波長の光を強調する鱗粉からなる

こういう自然の驚異とそれを追究した研究成果を見てると、「大学は役に立つ研究をしろ!」とか言う、一部の経済人・一部の政治家・一部の経営者の方々におかれましては、モルフォチョウの有用性をあらかじめ見抜いていた人だけがそういうことを言ってほしいなと思えてくる。

このように博物館でいろいろなものを見聞きしていると、「世の中、何が役に立つのかわからない」という思いを強くする。
自分のわずかな経験から、「自分には、役に立つ研究と役に立たない研究の違いがわかる」と思い込んで学術に口を挟むのは、単なる無知から来る傲慢と言ってもよいだろう。

昆虫が身に纏っているナノレベルの緻密さは、はからずも人間の知見の小ささを実感させてくれるのである。

国立科学博物館・特別展「昆虫」

国立科学博物館の特別展「昆虫」は、2018年10月8日まで開催

国立科学博物館・特別展「昆虫」
住所 東京都台東区上野公園7-20
会期 2018年7月13日〜10月8日
開館時間 9:00〜17:00(金・土曜は20時まで)
観覧料 一般・大学生 1600円、小〜高校生 600円
交通 JR山手線上野駅より徒歩5分