[感想後記]近年の発掘成果が大集合/江戸東京博物館「発掘された日本列島2018」展

発掘された日本列島2018

群馬・金井東裏遺跡のよろいを着た古墳人。2012年に発見され、ニュースにもなって大きな話題を呼んだ。レプリカだが、出土状況がよくわかる

近年の発掘成果をトピックスとして速報展示する「発掘された日本列島 新発見考古速報2018」が、江戸東京博物館(東京・両国)で始まった。会期は2018年6月2日〜7月22日。以後、石川、岐阜、広島、川崎へと巡回する。6月1日に行われた同展のプレス向け内覧会を見学した。


発掘された日本列島2018

特別史跡に指定された千葉・加曽利貝塚の剥ぎ取り断面

エントランスは、貝塚として初めて、遺跡の国宝版といわれる「特別史跡」に指定された加曽利貝塚(千葉・縄文時代)の特設コーナー。貝塚の剥ぎ取り断面や、シカの角を利用した釣り針や銛、埋葬されたイヌなどが展示されている。
とくにイヌは、丁寧に埋葬されていることから、当時の縄文人とイヌとの関係をうかがわせる。加曽利貝塚では、これを元に「かそりーぬ」という犬のキャラを展開している。

発掘された日本列島2018

加曽利貝塚からは丁寧に埋葬されたイヌも発見されている。猟犬や番犬として、生活を共にしたのかもしれない

この加曽利貝塚、開発されそうになったところを、市民運動で保全したという経緯をもつ。ここで保全に舵を切ったからこそ、三内丸山や吉野ヶ里などと並ぶ特別史跡になった。
「余計なものに税金使うな」というのが昨今の風潮だが、「自分とは縁のないものの価値をどれだけ尊重できるか」という考えが文化を支えているのだと実感する。

発掘された日本列島2018

国内で初めて出土した「弥生時代の剣の柄」の展示も

珍しいものとしては弥生時代の剣の柄(つか)。上代町遺跡群(熊本・弥生時代)で見つかった国内初のもので、木で作られ、銅剣を装着したと考えられている。
赤い漆が塗られ、一部に絹糸が巻き付けられていた。ここに剣をガシャンと装着したわけだ。

発掘された日本列島2018

銅剣の装着状況

同じく珍しいものとして、須玖タカウタ遺跡(福岡・弥生時代)から出土した、銅戈の鋳型がある(展示はレプリカ)。この鋳型は土で作られていた。

通常、鋳型は銅戈を取り出す際に壊してしまうと考えられていたので、残っているのは極めて稀なことだろう。蛍光X線分析によると、銅、錫、鉛の成分が検出されており、この鋳型で実際に青銅器が鋳造されたとみられている。

発掘された日本列島2018

土製の鋳型は弥生時代中期前半とみられ、日本列島における青銅器生産の初期の頃と思われる

興味引かれたのは、雲出川下流域遺跡群(三重・弥生〜古墳時代)の銅鐸……の破片。

銅鐸は弥生時代の祭礼に用いられた道具だが、その破片があったからといって何だというのだろう?

内覧会での文化庁技官の方による解説では、銅鐸はバットで叩いても割れないシロモノだ。石を叩きつけてもへこむだけ。でも、実際には銅鐸がバラバラで出土するケースがある。銅鐸を割るには700〜800℃に再加熱しないと不可能だ。破砕して処分するのにも相当な手間がかかっていた威信財だったのだ。

ただ「銅鐸がバラバラになっていた」というだけだと、「ふーん」という感じだが、どうやってバラバラにしたのかを考えると、いろいろと多くのナゾが浮かび上がってくる。

発掘された日本列島2018

銅鐸の破片。実際に破砕するにはかなりの手間がかかっていたようだ

そして、注目展示のひとつだろうと思われる、金井東裏遺跡(群馬・古墳時代)のよろいを着た古墳人(レプリカ)。
2012年に発見された、よろいを着用した状態でうつぶせになった成人男性の骨で、榛名山の火砕流の犠牲になったとみられる。

発掘された日本列島2018

画面右手が頭。榛名山に向かってうつぶせになっていた。古墳時代のよろいを人が着用した状態で見つかったのは初

実物は、現在では保存の都合上、よろいと人骨が別々にされているとのことで、出土状況はこのレプリカからうかがい知ることができる。

発掘された日本列島2018

後方からよろいの中を覗くことができる

脇からよろいの中を覗くと、背骨の状態などがはっきりとわかる。また、男性の着用していた冑(かぶと)は実物が展示されている。

発掘された日本列島2018

男性の着用していた冑(実物)。帯状の鉄板を鉄鋲で留めたもの

このほか、船迫窯跡(福岡・飛鳥〜奈良時代)では、古代寺院の屋根に用いられた鴟尾を生産していた窯が見つかっている。鴟尾のカケラは普通の瓦とは比べものにならないほど部厚く、持つとずしりと重いという。

発掘された日本列島2018

奥の鴟尾は復元。手前にカケラがあり、厚さ5cmにも及ぶ

奈良時代後期に称徳天皇と組んで、権勢を誇った道鏡ゆかりの由義寺跡(大阪・奈良時代)の出土遺物も展示されている。由義寺は『続日本紀』にその記述があるものの、場所や規模がわからず「幻の寺」と呼ばれていたのが八尾市で発見。出土した基壇(土台)などから由義寺であることが確実視された。
といっても、展示資料は瓦だけなのだが、各地のかなりいい瓦が集められており、特別扱いがうかがわれるそうだ。古代瓦マニア必見!?

発掘された日本列島2018

由義寺の瓦。一度に複数の地域から集められたことがわかった

特集展示は「装飾古墳を発掘する」。
装飾古墳は、石室内に幾何学的な文様や動物・人物文様を施したもので、全国でおよそ600基が知られている。おもしろいのはその分布で、半数以上が九州にある一方、近畿にはほとんど見られず、ずっと離れた関東〜東北に多く造られている。
このことから、当時の政治的文化的中心地のひとつであった近畿の影響ではなく、各地でそれぞれに展開していったとみることができる。

発掘された日本列島2018

装飾古墳の被災や保全の現状を取り上げた、特集展示「装飾古墳を発掘する」

展示は、石室をもってくるわけにもいかないので、パネルと呰見大塚古墳(福岡)の埋葬品などの展示がメイン。地震で被災した東北や熊本の装飾古墳などの事例もレポートされている。

装飾古墳は彩色の退色など、装飾の劣化の問題と常に隣り合わせであり、井寺古墳(熊本)のように地震により石室の入口が崩落して立ち入れなくなったのみならず、石室内の湿気や水分など環境の変化が懸念されているものもある。

発掘された日本列島2018

呰見大塚古墳から出土した装飾付須恵器など

最後に、東京会場独自の地域展として、「東京郷土資料陳列館と考古学」展も併催されている。1934(昭和9)年、有栖川記念公園(東京都港区)内に、東京市によって開設された「東京郷土資料陳列館」について取り上げたものだ。

陳列館は東京における公立歴史博物館のルーツでありながら、戦局悪化により、当初予定されていた「本館」を建設することなく、その資料は、江戸東京たてもの園(東京都小金井市)の前身である「武蔵野郷土館」へと引き継がれた。

引き継がれたと言っても、「雑一式」のような形で運び込まれており、どれが陳列館の資料なのか判然としない状態だったという。今回、陳列館の初代学芸員である片倉信光の事績と、彼を中心に収集されたとみられる資料を(「雑一式」の中から探し出して)展示している。

発掘された日本列島2018

併催の「東京郷土資料陳列館と考古学」展では、昭和初期の東京における公立歴史博物館のルーツをたどる

「発掘された日本列島」展の江戸東京博物館での会期は、2018年7月22日まで。以後、石川県立歴史博物館、岐阜市歴史博物館、広島県立歴史博物館、川崎市市民ミュージアムへと巡回する。

江戸東京博物館「発掘された日本列島 新発見考古速報2018」
住所 東京都墨田区横網1-4-1
TEL 03-3626-9974
会期 2018年6月2日〜7月22日(7月16日を除く毎週月曜と7月17日は休館)
開館時間 9:30〜17:30(土曜は19:30まで、7月20日は21:00まで開館)
観覧料 常設展観覧料(一般600円、学生480円など)で観覧可能
交通 JR総武線両国駅より徒歩3分
巡回情報 石川県立歴史博物館 2018年8月4日〜9月9日
岐阜市歴史博物館 2018年9月22日〜10月31日
広島県立歴史博物館 2018年11月14日〜12月24日
川崎市市民ミュージアム 2019年1月8日〜2月17日