都市に残る宿場町の記憶[川崎市大山街道ふるさと館]

川崎市大山街道ふるさと館

多摩川西岸の宿場町として賑わった高津地域の民俗・歴史資料を展示している

先日、溝の口(川崎市高津区)に所用があって降り立った。JR南武線武蔵溝ノ口駅と東急田園都市線溝の口駅の乗換駅として何度か利用したことはあるが、ちゃんと降りたのは初めてだった。
打ち合わせ終了後、「せっかく来た初めての町だから……」ということで寄ってみたのが、駅から徒歩7分の「川崎市大山街道ふるさと館」だ。

溝の口は、山岳信仰の地である神奈川県の大山(おおやま)へと続く大山街道沿いの町で、江戸時代には東海道の脇往還としてにぎわった。大山街道ふるさと館は、公民館も兼ねたミニ郷土資料館的な存在で、溝の口を含めた高津地域(多摩川西岸の宿場町)の資料を展示している。

川崎市大山街道ふるさと館

展示室に続くスロープには、街道筋の変遷や町の古写真などの展示が

館内の展示室には、町の古写真や旧家の寄贈資料の展示が並ぶ。いずれも、博物館がそういう資料の集積センターにならなければ、散逸あるいは展示されなかったかもしれない、地域の歴史資料だ。

寄贈資料も旧家の仕事の特徴をよくあらわしていて、商家は秤や看板、薬屋は長火鉢に百目箪笥、薬を調合する匙などを寄贈している。百目箪笥は小さな引き出しがたくさん付いたタンスで、漢方などの薬種を分けてしまっていたものだ。商家が多いのは、街道筋の町ゆえだろう。

川崎市大山街道ふるさと館

旧家の寄贈資料の展示。街道筋だけあって、商家関係が多い

宿場町というのは、旅籠だけあればよいというものでもなく、茶屋や料理屋に、足袋・米・乾物・薬・八百屋の販売店、加えて、酒・醤油・油・菓子・下駄・味噌・提灯といったものを製造販売する店が立ち並んだ。これらの店の中には、現在も営業を続けているものがあると、展示パネルは記す。

江戸(東京)へ抜ける街道だけではなく、府中へ抜ける府中街道とも交差しているため、たいそうな賑わいを見せたという。なるほど、言われてみれば現在でも、東急田園都市線とJR南武線が交差している。これらの鉄路は街道沿いに敷設されたのか。
このように古来から多くの人が行き来する土地柄で、〈中央の文化との繋がりが強かったためか(略)有名人を輩出しています〉と展示パネルもちょっと自慢げだ。

その有名人には展示室の真ん中で会うことになる。

川崎市大山街道ふるさと館

「柿釉白掛鉢」など、濱田庄司の作品数点が展示されている

部屋の中央に陶芸が置いてある。地元の陶芸クラブとかの作品かな……と、覗いたら、第1回人間国宝に認定された濱田庄司(1894-1978)の作品であった。「なんでここに?」と思ったら、溝の口の生まれだそうで、幼年期を過ごした老舗和菓子屋の古写真などもあわせて展示されていた。

ほかにも岡本太郎(1911-1996)もこの地で生まれ、国木田独歩(1871-1908)は宿屋の主人を作品に描き、棟方志功(1903-1975)が住んでたこともあるというのが手作り感のあるパネルから伝わってくる。棟方志功は、出身地である青森のイメージが強いので、ちょっと意外だった。

川崎市大山街道ふるさと館

岡本太郎、棟方志功ら、大山街道の高津地域ゆかりの人びと

また、この地は多摩川岸なので、魚籠や網などの漁具、半纏などとあわせて、アユ漁についての展示がある。正月の注連飾りのようにワラをつけた「オカザリ」と呼ぶ仕掛けを、川を斜めに横断するように張る。川を下るアユはオカザリの揺れるのに驚いて進路を変え、最後は「モジリ」と呼ばれる、水中に沈めた仕掛け籠まで誘導するというものであった。

川崎市大山街道ふるさと館

明治時代、多摩川でさかんに行われていたアユ漁の漁具

帰りに通りを歩いていたら、店の前に木製の高札のようなものが掲げられていた。近づいて見てみたら、「口上」とあって、その店が街道筋で創業するに至った由緒が書いてある。創業は江戸時代で、当初はこんにゃくを扱ったが、やがて醤油を手掛け、現在では茶葉を商っている等々。
——さっきの古写真にも載っていた店かもしれない。

川崎市大山街道ふるさと館

現在の大山街道。溝の口周辺には、今でも江戸時代創業の商店が残る

ふるさと館の展示パネルにこんな一節がある。
〈現在では、このような街並みは変わり、鉄筋のマンションが多く建ち並んでいますが、良く見てみるとそれらの建物の間に今でも江戸時代からの土蔵や蔵づくりの店を見ることができます〉

その町の歴史を知ると、町の光景がちょっとだけ違って見える。その気分は、見知らぬものに出会うという「旅」の気分に似ているものがある。
そのような気分は京都とか金沢のような観光地の専売特許に限らず、意外と身の回りの町でも味わえることなのだろうなと思う。

川崎市大山街道ふるさと館

一帯の大山街道沿いは、ところどころ江戸テイストの景観に仕立てられている。写真は慶長年間に開削された二ヶ領用水

川崎市大山街道ふるさと館
住所 神奈川県川崎市高津区溝口3-13-3
開館 展示室 10:00〜17:00(年末年始休館)
入館料 無料
交通 JR南武線武蔵溝ノ口駅または東急田園都市線溝の口駅より徒歩7分