[感想後記]ホモ・サピエンスにとって多様性とはなんだろうか?/講演「ホモ・サピエンスと芸術~縄文人とクロマニョン人と岡本太郎からさぐる芸術のはじまり〜」青山ブックスクール

国立科学博物館「世界遺産 ラスコー展」

クロマニョン人の実物大復元模型。国立科学博物館「世界遺産 ラスコー展」の展示より

2017年1月26日に、青山ブックセンター本店(東京・表参道)で、青山ブックスクール講演「海部陽介×石井匠×橋本麻里 ホモ・サピエンスと芸術~縄文人とクロマニョン人と岡本太郎からさぐる芸術のはじまり〜」が行われた。

国立科学博物館の特別展「世界遺産 ラスコー展」(~2017年2月19日)、國學院大學博物館の特別展「火焔型土器のデザインと機能」展(~2017年2月5日)開催にちなんだもので、これらの創造物を手掛けたクロマニョン人と縄文人はともに、我々と同じホモ・サピエンス(新人)であることに着目。

国立科学博物館人類史研究グループ長の海部陽介氏、國學院大學博物館学芸員の石井匠氏に、モデレーターとして美術ライターの橋本麻里氏が加わり、ホモ・サピエンスと芸術、芸術のはじまりについて掘り下げていくという趣旨だ。

(以下、講演の概要は筆者が印象に残った部分を勝手に要約したものなので、講師の正確な発言やニュアンスとは異なる場合があります。その点をご了承下さい)

クロマニョン人の「現代人的行動」

まず、海部陽介氏の講演は、国立科学博物館で開催中の「ラスコー展」の話から。

とにかくクロマニョン人がすごい、日本の人はこのことをほとんど知らない。だからこの展覧会はどうしても日本でやりたかった。

それまでのネアンデルタール人はやらなくて、(ホモ・サピエンスの)クロマニョン人のみが急に始めたことがある。洞窟に絵を描いたり、ウシの骨やトナカイの角、象牙に彫刻をしたりすることだ。真っ暗な洞窟に入って、洞窟最深部の300mも奥の所に手形を押してくるなんて、尋常ではない。

このような絵や彫刻のような「現代人的行動」の起源は4万年前からある。これは「ヨーロッパで進化した」わけではない。アフリカにいた共通祖先がすでにそういう萌芽的なものをもっていた。

国立科学博物館「世界遺産 ラスコー展」

今から2万年前、クロマニョン人によってラスコーの洞窟に壁画が描かれた。国立科学博物館「世界遺産 ラスコー展」の複製展示より

岡本太郎と縄文土器

次いで石井匠氏の講演。

岡本太郎が火焔土器を見て、「なんだこれは!?」と言ったというのが伝説化しているが、展覧会では太郎は火焔土器を見ていない(1951年11月7日に太郎が訪れた国立博物館〔現・東京国立博物館〕「日本古代文化展」のこと。同展には火焔土器は出品されてなかった)。

また、岡本太郎が火焔土器と名付けたわけでもない。岡本敏子さん(太郎のパートナー)によると、太郎は(火焔土器を)「深海のイメージだ。縄文人は深海を知っていたんだね」と言ったという。

なお、岡本敏子さんからの話によると、太郎が好きだったのは、中期の装飾過多のじゃなくて、縄文時代早期の割とシンプルな土器だった。

國學院大學博物館常設展示

縄文時代早期の土器。岡本太郎はこのような早期の物を好んだという。國學院大學博物館常設展示より

縄文土器は、近代のアートとは決定的に異なる

土器の文様に関して、縄文土器をよく観察すると、似たような文様の中で一か所だけ渦巻き文様になっているものがあるという。

おそらくその渦巻き文様の部分が正面。そしてよく見ると、正面に対して右と左で文様が異なっている。このような左右非対称は土偶にもあり、右肩と左肩で文様が違うなどのケースがある。

どうやら、意図的に左右非対称にしていたことがうかがえる。

取材などでも「なぜあんな形を?」と聞かれるんだけれども、「僕が作ったわけじゃないからわかりません」としか答えようがない(笑)。縄文人は、加曽利E式とか勝坂式とか、地域で共通のデザインを生み出した。ただそれは、デザインの共有であって個性の発揮ではなく、そこが近代のアートと決定的に違う。

新潟県立歴史博物館常設展示

火焔型土器制作の様子をイメージした想像復元模型。新潟県立歴史博物館の常設展示より

岡本太郎というツール

また、石井氏は、岡本太郎について

太郎は「日本独自」のものを見つけようとしたわけではない。縄文的なものを見出したら、それを韓半島やヨーロッパなどへ探しに行く。時間も空間も関係なく、「縄文的なるもの」を探して世界へ行く。——物の見方を変えるには、岡本太郎はいいツールだ。

とまとめた。

『あえて描いていないもの』を見る

海部・石井両氏のやりとりで興味深かったのは、『描けるのにあえて描いていないものがある』ということだ。ラスコーの壁画では、植物や風景は一切描いていない。縄文では、土器に描かれているカエルやヘビは——そんなふうに見えるから、我々はカエルだのヘビだのと呼んではいるものの——よく見ると手足が違い、別の動物を表現したようにも見える。

縄文時代には、イノシシ土偶のように写実的に表現したものはあるので、技術的に描こうと思えば描ける。にもかかわらず、このカエルやヘビのようにあえて写実性を出していないものがある。

このような『あえて描いていないもの』に目を向けることで——いや、描いてないから目を向けられないのだが、それに気がつくことで——その時代の人々の精神性がうかがわれるのではないか。

『やった人とやらない人がいる』ということ

さらに海部氏曰く、『やった人とやらない人がいる』。壁画の制作という行為は現フランス・スペイン地域の人はやったが、ドイツ地域にはない。また、その時代のアジアのホモ・サピエンスもやっていない。しかし、その時代のアジアでは航海をしていた(クロマニョン人は航海をせず地中海には進出していない)。

クロマニョン人の時代の日本列島では「世界最古の落とし穴」などというものがあったりする(動物の行動を予測する必要があるので、かなり知的な行為)。アフリカから出たホモ・サピエンスは、共通祖先が持っていた才能を開花したが、おのおの、クリエイティブな活動の方向が違う。チャレンジする場所が違う。

アフリカにいた共通祖先は、クリエイティビティとイマジネーションの両方をもっていた。それが色々な形で現れて、世界に拡散していった。そこが旧石器時代の研究のおもしろいところ。やればやるほど人間が見えてくる。

海部氏は旧石器時代研究の魅力をそう語った。

国立科学博物館常設展示

「世界最古の落とし穴」の想像復元模型(国立科学博物館の常設展示より)。本州の太平洋側や種子島などで、後期旧石器時代のものと見られる遺構が見つかっている

才能開花の方向が違う、ホモ・サピエンス

アフリカにいた共通祖先がすでに、それまでのネアンデルタール人などとは異なる、クリエイティビティとイマジネーションの萌芽的なものを持っており、それが世界各地において、様々な形で顕れてきたと考えると、これはなかなかスケールの大きな話だ。

ある者は洞窟の暗黒の世界へ入って壁画を描き、ある者は動物の行動を予測するすべを身につけ「落とし穴」を掘り、ある者は草を編んで大海原の島々への航海の方法を編み出す。アフリカから出たホモ・サピエンスは、共通祖先が持っていた才能を開花したが、おのおの、活動の方向性や領域が異なっていた。

どうやら、ホモ・サピエンスはそれぞれが置かれた環境や状況に応じて、課題を設定し最適解を見つける能力に長けていたらしい(少なくともそれまでの人類たちに比べて)。われわれアフリカ由来の外来種である現生人類が、寒冷地から熱帯まで地球各地にはびこっているのもこの能力の故なのだろう。

講演は、クロマニョン人のラスコーの洞窟(2万年前)と縄文人の火焔型土器(5000年前)をテーマにしており、いくら同じホモ・サピエンスの仕業といっても、1万5000年もの時代の差があるし、どうまとめていくのかと思ったが、「ホモ・サピエンスとは何か、その特性とは何か」という壮大な問いを投げかけられた気がした。

ホモ・サピエンスにとって多様性とは不可逆的な特性なのかもしれない。
世界各地でそれぞれの課題をクリアして多彩な才能を開花してしまうのがホモ・サピエンスの特性だと考えれば、その多様性を認めて折り合いをつけていくことが、われわれホモ・サピエンスにとって、もっとも安全で確かな道なのではないだろうか。

国立科学博物館常設展示

国立科学博物館の常設展示より、人類の拡散の様子。ホモ属の原人・旧人もユーラシア各地へ進出していたが、アフリカで進化したホモ・サピエンス(新人)が急速に分布を広げたことが分かる