キーマンは目黒不動[山手七福神]

 地下鉄南北線に沿うように分布している七福神。
 谷中・隅田川とともに江戸三大七福神と称されているが、それは多分に、3代将軍・家光の帰依を受けて大伽藍が建てられ江戸庶民の参詣行楽の場として大いに賑わったという「目黒不動」によるところが多いのだろう。
 事実、目黒不動は本来七福神のパートでは恵比須を受け持つだけなのに、境内に三福神として弁財天と大黒天を祀り、不動明王や仁王門、1683(天和3)年造立という銅製大日如来像などを擁している。三が日などに行くと、境内にはビール、焼き鳥、やきそば、おでん…といった露店がひしめき合うように立ち並び、まるで屋台村のような様相である。

 

 もし、この目黒不動が突然、「来季は山手七福神を脱退して他リーグにいく」などと言ったら、残りの5球団は…じゃない、5寺は恐慌するに違いない。
という凡夫の妄想はともかく、順を追って北上していこう。
 「蟠竜寺」は木造、石造2体の弁財天を構える。
 「大円寺」は境内の北斜面にある五百羅漢が有名。とはいえ、1772(明和9)年大火の犠牲者の供養のためと聞くと、なにやら重々しく迫ってくるようにも感じるのである。

 まぎらわしい(?)ことに、「五百羅漢寺」というのもすぐ近くにある。
 1695(元禄8)年に現・江東区に創建された寺が災害などで五百羅漢を引き連れながら移転をして、1909(明治42)年に現住地に落ち着いた。空調の効いた本堂内の展示室で、思い思いの格好をした羅漢さんが思索に耽っている。
 両方あわせて1000羅漢参拝!という楽しみ方もあるかも知れないが、残念ながら後者・五百羅漢寺で現在残っている羅漢は305体であるという。

 目黒駅を越えて、泣く子も黙る高級住宅街・港区白金台に入る。福禄寿・寿老人の2神を擁する「妙円寺」は目の前が「東京都庭園美術館」、その隣に「国立自然教育園」がある。
 いまでこそシロガネーゼなどともてはやされているこの付近一帯であるが、江戸初期は鬱蒼とした森林に覆われていた。シイやコナラの林に囲まれた自然教育園の遊歩道(写真)を歩いてみると、そのころの雰囲気をわずかに感じとることができるだろう。
 妙円寺から徒歩15分ほどの「瑞聖寺」は1670(寛文10)年創建の黄檗宗の寺。黄檗宗は中国・明の僧が伝えた禅宗の一派で、本堂は明の建築の特徴をよく伝えているという。正面扉に、中国で魔除けの霊力を有するとされる桃の彫刻がある。

 ゴールは毘沙門天を祀る「覚林寺」。戦国武将の加藤清正を祀っていることから、江戸時代の人(もういないが)には、「清正公」のほうが通りがいい。清正の武功にあやかって、例祭(毎年5/4〜5)は御勝守の頒布で賑わう。この七福神では、仏教守護と戦いの神様である毘沙門天を担当している。
 ところで、かつて営団(現・東京メトロ)南北線が建設されようとしていた時、この覚林寺のすぐそばにできる駅は「清正公前」と命名される予定だった。南北線の延伸を記念した1997年の『東京人』には開業予定として堂々と「清正公前」という活字が躍っている。
 現在この駅は「白金高輪」という名で呼ばれ、おハイソなイメージを欲しいままにしている。勝負に強い清正公であるが、駅名争奪戦には敗れたようだ。そんなことを考えながら、南北線に乗り込んだ。

山手七福神
目黒不動(恵比須) 東京都目黒区下目黒3-20-26
蟠竜寺(弁財天) 東京都目黒区下目黒3-4-4
大円寺(大黒天) 東京都目黒区下目黒1-8-5
妙円寺(福禄寿・寿老人) 東京都港区白金台3-17-5
長安寺(寿老人) 東京都台東区谷中5-2-22
瑞聖寺(布袋尊) 東京都港区白金台3-2-19
覚林寺(毘沙門天) 東京都港区白金台1-1-47