草木に埋もれる「白金長者」の痕跡[国立科学博物館附属自然教育園]
昼前まで雨が降っていたせいか、わずかにけぶっているように見える。樹々は覆い被さるようにして自らの姿を水面に映し、あたりは時が止まったかのような静謐につつまれている——と書きたいところだが、車の音がゴーッゴーッと景気よく響いてくる。
近くを通る首都高速2号線だ。鳥の声はさきほどからカラスがけたたましい。
仕方がない、JR目黒駅から徒歩10分と離れていないのだから。
ここは港区白金台にある国立科学博物館附属自然教育園。20ha(約6万坪)の園内は、シイやコナラ、ケヤキなどの林に囲まれ、都心にあって貴重な自然環境を保持している。池沼や小川などがあるのも特徴だ。
池や小川で囲まれた湿地は「水生植物園」として、ノカンゾウやノハナショウブなどの花が咲き、チョウやトンボが飛び交う。
この白金台付近は、近年高級マンションが建ち並び、「シロガネーゼ」などと呼ばれている有閑層の居住地のイメージであるが、そもそも白金
という、いかにもリッチそうな地名はどこから来たのか?
実はそのオリジンがこの自然教育園にある。
同園は明治期には火薬庫、大正期には宮内省の所管となり、ために自然が残されてきたのであるが、江戸時代には高松藩主・松平頼重の下屋敷だった。園内には現在も「おろちの松」「物語の松」という名のついた老木が屋敷の名残りとして伝わっている。そして、それ以前の室町時代には「白金長者」の屋敷が園内にあったと言われ、それが地名の由来になった。
地名だけではなく、実際の痕跡もある。園内散策の途中、ところどころで切り通しのようなところを通るが、これが白金長者の屋敷の土塁の跡だ。
そもそも、白金長者とは何者なのか?
『港区の歴史』(俵元昭著・名著出版,1979年)によれば、応永年間(1394-1428)に南朝の雑色(下級役人)である柳下上総介(やぎした・かずさのすけ)が移住して、ここに土塁をめぐらし、城塞のような館を構えた。そして、代々裕福であったことから「白金(しろかね=銀のこと)長者」の名を得たという。
さらに、白金長者の後裔は白金村の名主になり、幕末まで続いて、子孫は横浜市に健在だそうだ。
ただ、モノが自然教育園なので、同園ではこの辺りの説明は希薄だ。土塁で囲まれた奥の、樹々が茂って薄暗くなっているあたりに、ちらちらと屋敷の灯りでもが揺らいでいたのだろうかと想像するしかない。
鬱蒼とした林から、丘の上の開けた雑木林、池沼と小川に囲まれた湿地帯と、変化に富んだ光景が楽しめるスポットだ。そして、もう一握りの想像力があれば、江戸の大名屋敷や室町時代の豪族の面影も浮かび上がってくるかもしれない。
国立科学博物館附属自然教育園 | |
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住所 | 東京都港区白金台5-21-5 |
TEL | 03-3441-7176 |
開館 | 9:00〜17:00(9月〜4月末は〜16:30/月曜、祝日の翌日、年末年始休館) |
観覧料 | 一般300円、高校生以下無料 |
交通 | JR山手線目黒駅より徒歩9分、地下鉄南北線白金台駅より徒歩7分 |
開館年 | 1949(昭和24)年、天然記念物及び史跡に指定され、国立自然教育園として一般公開。1962(昭和37)年、国立科学博物館附属施設となる。 |
ワンポイント | 園内に飲食施設はない。入口の教育管理棟に飲料の自販機があるだけなので、散策の前に飲み物の用意を。 |