展示にアクセントを添える“学芸員パネル”[和歌山県立自然博物館]

 新大阪から南紀行きの特急に乗ると、和歌山を過ぎた頃から海の色が変わり、いよいよ紀伊半島に入ったのだという実感が湧いてくる。ただ、この先、紀伊田辺、白浜、串本、潮岬といったキラ星の如く連なる南紀の観光地に比べて、和歌山〜田辺間の各市町村はやや存在感が薄い。
 紀伊半島の入口に位置する海南市も、工業都市の風合いが強く、南紀を目指す観光客がほとんど素通りするような都市である。

 この街に、南紀観光の前座のように県立博物館が控えている。博物館といいながら、実質は水族館といってもいいような内容だ。「黒潮の海」や「深い海」「群れる魚」と名付けられた水槽が並ぶ様は、立派な水族館そのものである。

 前座と言ったのは、館内を一周すると、紀伊半島を取り巻く海の多様性がわかるような展示になっているからだ。
 例えば「枯木灘」と題された水槽は、紀伊半島の南端部で黒潮が流れ込み、熱帯系の生物が多く見られる。時には熱帯の珍しい魚が見つかることもある(その珍しいものは、後述する「いろいろな生物」のコーナーに展示されていたりする)。
 「熊野灘」は紀伊半島の三重県側。沿岸水と黒潮の両方の影響を受け、熱帯性の生物はそれほど多くない。「紀伊水道」は和歌山と四国の間。瀬戸内海と同じ生物層が数多く見られる、という具合だ。

 圧巻は「いろいろな生物」のコーナー。名称こそ投げやりだが、文字通りいろいろいる。小さな水槽がまるで松花堂弁当のようにズラリと連なり、ウチウラタコアシサンゴやらアカオニヒトデやら、紀伊の多様な生物層からピックアップされた連中が区分けされて展示してある。
 大概の水族館では、まとめて中ぐらいの水槽に放り込んでいるケースがほとんどだろうが、それだと個々の生物への関心が向かない。ひとつひとつをじっくり見せる丁寧なつくりだ。

 説明板の脇では、学芸員の顔写真付きパネルが展示にアクセントを添える。「ウニのトゲの間を上手に泳ぐサツキハゼたち。実はベニツケサツキハゼという南方系の種類も混じっています。見分け付きますか?違いのわかった方、スゴイですよ!」などなど、その時々のトピックスを解説してくれている。

 水族館のパネルといえば、「日本近海に多く見られる。食用になる」といった程度のものを掲げてお茶を濁している館がまだまだ多いのだが、ここは非常に丁寧につくられていて、見る(読む?)べき点が多い。
 単にわかりやすいだけではなく、学芸員たちの展示生物へのも伝わってくるような気がする。

 さて、ここまで来たら、日本でここだけでしか見られないという魚を見ていこう。その名はイドミミズハゼ。

 西日本の地下水で発見される眼の退化したオレンジ色のハゼで、日本の水族館で飼っているのはここだけだという。
 パネルを読んでいると、どこから地下水に入り、どう進化したのか、なぜ井戸の中だけで発見されるのかなど、疑問点がふつふつと沸いてくるが、発見例が少なくて研究は進んでいないそうだ。生息数も少なく絶滅の危機に瀕しているという。
 こういうナゾな生き物をさっさと絶滅させてしまっては、あとにはツマラナイ連中しか残らないのではないかと、ふと思う。
 普段日光の当たらない所で生息しているため、展示していると日焼けしていくそうだ。デリケートな美肌の持ち主でもある。

 ところで、外から見て気が付いたのだが、この建物は実は水上に突き出ていた。床の下は海である。
 であれば、せっかくのこの構造を活かして、「では、海の中をのぞいてみましょう、汚いですね。私たちが海を大切にしないと…」と語ったり、あるいはカキやフジツボの付くがままにさせておいて連中の生態に話をもっていく方法もある。床を強化ガラスにして海面の上に立てる気分を味わえるようにしてもいい。

 せっかくの立地、改修工事の際はぜひ一考してはどうだろうか。ここの学芸員のことである、きっと地元の海へのがパネルから伝わってくるような展示になるに違いない。

和歌山県立自然博物館
住所 和歌山県海南市船尾370-1
TEL 073-483-1777
開館 9:30〜17:00(月曜・年末年始休館)
入館料 大人460円、高校生以下無料
交通 JR紀勢本線海南駅よりバス15分