博物館のあるホテル 北の温泉地で語られる一代記!?[小川原湖民俗博物館/古牧グランドホテル =閉館]

小川原湖民俗博物館

※2007(平成19)年に休館。のち閉館

 東北新幹線を盛岡で乗り換え(当時)、特急「はつかり」に乗って1時間20分。列車は東北本線三沢駅のホームに滑り込む。三沢は、駅弁も売っていないようなこじんまりとした駅だが、ここから歩いて5分ほどのところに、古牧グランドホテルを中心とした東北有数のレジャー施設・古牧温泉がある。
 お目当ては温泉…ではなく、古牧グランドホテルにある小川原湖民俗博物館。広大なホテルの敷地のなかに博物館や渋沢栄一・敬三の記念館である渋沢文化会館などが建つという希有な空間なのである。


小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 埼玉県深谷の出身の渋沢が、なぜ三沢に記念館なのかというと、ここの古牧グランドホテルの杉本行雄社長なる人物が、もと渋沢栄一の書生で、渋沢敬三の秘書や渋沢家の執事を務めたという関係から、渋沢家を顕彰する意味を込めたのだそうだ。

 しかし、敷地が広い。どれぐらい広いかというと、古牧第1グランドホテルから第4グランドホテルまで大ホテル4棟が建ち並び、カッパ沼と称する庭園があり、さらに記念館と博物館に、南部曲がり家の休憩所、ボウリング場に能楽堂、パターゴルフ場などなど、端から端までせかせか歩いてゆうに20分はかかる。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 庭園や敷地のそこここには碑や由来書が立つ。そのうちの1枚、「古牧温泉由来記」にいわく、
――昭和四十四年秋即ち五十五才の時感ずる所あって主宰の十和田観光電鉄(株)を国際興業(株)に譲渡しました。爾来小川原湖民俗博物館と十和田科学博物館を中心に私個人で観光事業を経営する考えに打込んでまいりました。然し日本の場合温泉のない観光事業は発展の見込みがないことをつくづく感じて茲に温泉試掘の計画を樹てました。ところが見込みがないと反対意見の学者もありましたが、私は地熱の深層昇温の原理を信じて掘り進むうち千米余にして地上四十七度、毎分一・二トンと云う大量の明ばん系の湧湯を見るに至りました。従来温泉の出ない地域と云われたこの地方で初めて温泉の試掘に成功したのです云々――と温泉の由来記のはずが、なんだかんだいって杉本社長の一代記に。

十和田観光電鉄(株)

 また、やすらぎの鐘と題された釣り鐘につけられた「縁由記」にいわく、
――私は青春時代人生に一大疑圓を生じそれを解明するために松島の瑞巌寺に教を乞い(略)朝夕二回宛鳴らす喚鐘の音は時に難解に苦しむ公案の音となり、又或る時は悟りの心境の如く澄んで(略)十和田観光電鉄(株)の社長を辞して後、昭和四十七年秋、古牧能楽堂に特に付設して梵鐘を設置したのも修業時代を懐かしく思い出す為でもあります(略)又今は亡き妻の真代(ホテル総支配人)がこよなく愛して逍遥した公園の静寂とやすらぎを金子聖海大和尚により「やすらぎの鐘」と命名されました云々――とここでも一代記を。
 どうも十和田観光電鉄(株)【右上の写真】を手放したのが、如何に人生の転機となったかを力説したい様子。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 そんな由来書をながめながら、広い園内を半周して渋沢記念館に足を運ぶと、入口にパネルが。栄一・敬三両先生がいかに偉大かというお話しも案の定、最後には自分の顕彰に…。
 それはさておき、さすが渋沢家だけあって、記念館に展示された掛け軸は、徳川慶喜、伊藤博文、西園寺公望、乃木希助に吉田茂とそうそうたる面々。「ほー、大町桂月に井上円了もあるのか」と思って見ていくと最後に杉本行雄書の掛け軸。こりゃ、自分じゃないか!?
 よくよく見れば、栄一さんの写真にも「杉本が差し上げたお茶を前に」というキャプションがさりげなくつけられている。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 さて、肝心の小川原湖民俗資料館である。本当は駅から一番近いところにあったのだが、大まわりしてしまったため、たどり着くまでに1時間かかった。民俗学者としても知られ、数々の学術事業を後押しした渋沢敬三の肝いりというだけあって、ぐわーっと蒐集された民具の山はすごい。
 最初、観光ホテルの中にあるのだから、そんな大した規模じゃないだろうと思っていたところが、走り抜けるだけで15分かかる。これでパネルの説明とか「虫送り」や「盆の行事」などの記録映像のビデオをじっくり見ていったらきりがない。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 見せ方も変わっている。鍬ばかりがずらずら並んでいるコーナーとかは、在庫(?)を全部展示する意味があるのかとも思えてくるが、使っている鍬一本一本のすり減り方とかから使い主の思い、さらには農具の変遷が伝わってくるのだというポリシーの様子。ここら辺の展示の見せ方とかは、敬三が存命中に指示したのかな、と思えてくる。
 地元・小川原湖の北隣、六ヶ所村平沼にあった農家も館内にそのまま移設されている。ぎしぎしと床をきしませながら民具を拝見。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 さきほどから館内を巡っていると、広いからなのか、人がほとんどいない。ホテルの人もいない。しーんとした博物館内(農家の納屋か小学校の理科室を彷彿とさせる)に、婆さまの語る昔話のエンドレステープが静かに響く。
 順路に沿って進んでいって、婆さまの声が聞こえなくなったころに、今度は別の方向から、虫送りで使う大きなワラ人形が立ち並ぶ向こうから、オシラサマのイタコの祭文が聞こえてくる。なんとも不思議な感覚である。これがホテルの中なんだよなと思うと一層不思議。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉 img151

 新聞記事のコピーが置いてあるので、手にしてみると、国立民族学博物館の研究員で民俗学者の神崎宣武氏が大阪新聞に載せた文章。
――地域文化の保護・伝承を説いた渋沢敬三の彗眼もさすがであったが、それを愚直に具現化をはかった杉本さんの信念もさすがであった(略)文化人としての杉本さんの存在を忘れてはならないのだ云々――また社長の話かっ!?

 このほか、ホテル内には、陛下の行幸の際、両陛下からお言葉をたまわる杉本社長、雅子様から会釈される杉本社長、「宮尾すすむの日本の社長」で取り上げられた時の杉本社長などのパネルが散見される。

小川原湖民俗博物館・古牧温泉

 それはさておき、敷地内を巡っていくとここのリーズナブルさが実感される。入館料500円なりを払えば、博物館も渋沢文化会館も無料のうえ、古牧元湯に絶景露天風呂、日本一とのふれこみの大岩風呂など大浴場の日帰り入浴もOK。ただのボートではあるがカッパ沼の遊覧船も無料。
 そのうえ、園内には立派な無料休憩所があり、茶室(!)だって自由に使ってよい。お望みならばゲートボールの遊具一式も無料で貸しましょうというから、すごく良心的な施設ではある。この温泉は、全国にファンが多いというが、それもまあ頷ける。

 それにしても、いったいこのホテルにはいくつ杉本行雄の文字があるのであろうか。筆者は38まで数えたところで数がわからなくなった。どなたか数えきったら教えて欲しい。

小川原湖民俗博物館=閉館=
住所 青森県三沢市字古間木山
入館料 入館&入浴券500円(宿泊客は無料)=当時=
交通 東北本線三沢駅より徒歩5分
開館年 1961年開館(〜2007年4月休館、2009年3月閉館)
ワンポイント 古牧グランドホテルは2004年に経営破綻。同地でのホテル事業は、星野リゾート青森屋に引き継がれた。小川原湖民俗博物館は2009年3月に閉館。収蔵品の一部は三沢市へ移設。