[感想後記]谷戸がもたらしたそうめんや製氷—横浜市歴史博物館「鶴見川流域のくらし」展

横浜市歴史博物館

 横浜というのは坂の町である。
 埋め立てで造られたベイエリアを歩いている分にはわからないが、ひとたび内陸部に入ると尾根と谷が入り組み、非常に起伏に富んだ町並みとなっている。なので、うっかり道を1本間違えると、目的地が別の尾根だったりして、何度も坂の上り下りをするハメになる。
 横浜市歴史博物館(横浜市都筑区)の常設展にある地形模型(写真)からもその雰囲気がうかがえよう。

横浜市歴史博物館

 このような地形は関東地方の丘陵地によく見られ、入り組んだ「ミニ谷」は谷戸(やと)と呼ばれている。
 谷戸には湧水が生じることが多い。それらを水源とし、津々浦々ならぬ谷戸谷戸の水を集めて、横浜市北部を流れる河川が鶴見川だ。流長42.5kmの一級河川で、東京都町田市上小田中町を水源とし、横浜市を経て東京湾に注ぐ。支流の一部は川崎市にも至る。
 地形模型で、右側のグリーンの部分から奥へと入り込み、多摩丘陵と下末吉台地が織りなす尾根と谷の彼方へ伸びていっている河川がそれだ。

 この鶴見川流域の生業(なりわい)や水運、民俗を取り上げたのが、横浜市歴史博物館の「鶴見川流域のくらし」展(会期:2015年1月31日〜3月15日)だ。

鶴見川源流@東京都町田市上小田中町(1994年撮影)

 同館は2009(平成21)年に「民俗に親しむ会」を組織して、鶴見川をテーマに源流(左写真)から河口に至るフィールドワークを3年間かけて行った。
 その成果をベースにした企画展で、主に古文書や古絵図などを中心とした展示だが、じっくり眺めてみると、生業にも谷戸が密接に関わっていることに気がつく。

 現在、流域はほとんどが宅地となっているが、主に明治期を中心に、そうめん、製氷、柿、桃、煉瓦などの農業や産業が行われ、舟や大八車で下流域である横浜・川崎地帯へと運ばれていった。

 今日、そうめんというと「揖保」や「三輪」といったステッカーを付けて、はるばる西からやってくるものと相場が決まっているが、江戸や明治の頃は、木月、井田(いずれも川崎市中原区)、新吉田、高田、新羽、小机(いずれも横浜市港北区)がそうめんの産地であった。

谷戸@横浜市青葉区

 なぜこの地でそうめんが作られたのかというと、原料となる小麦、油(エゴマ)、輸送の際の梱包材となる筵や縄、杉板などが、いずれも同地の丘陵地帯で生産されていたからだ。
 谷戸では、その地形を利用して、低湿地は水田、尾根に至る緩斜面は畑、丘陵部は林業という具合に、規模は小さいものの多様な生産活動が営まれていた。そうめん作りの場合、塩以外のすべての原材料と梱包材を地元で手配することができた。
 その上、谷戸を降りていけば鶴見川で、水運もばっちりだった。このそうめんは、東京の千住、浅草、神楽坂などにも納品され、一部地域では昭和初期まで続いたという。

谷戸@横浜市青葉区

 さらに、谷戸の面目躍如たるのが、鶴見川流域での天然製氷だ。
 横浜では、幕末の開港とともに氷の需要が増し、海外から輸入したり、函館から運んできたりしたのだが、明治10年頃までには、綱島、菊名(いずれも横浜市港北区)、羽沢(横浜市神奈川区)など、鶴見川流域でさかんに製氷が行われ、大正時代まで続いたという。
 天然製氷というと山岳地などの寒冷な地域で行うイメージがあるが、谷戸の向きによっては日中でも陽が当たらない場所がある。そこでは冬季は終日0度以下になっていることもあり、それらの地形をうまく活かしての製氷事業だったのだ。
 会場には1885(明治18)年の「製氷入荷帳」が展示されている。それによると篠原(横浜市港北区)からは1回に約5トン、1シーズンで約26.57トンの氷ができたというから、谷戸の日陰の寒冷ぶりは相当なものである。

 また、桃はたびたび氾濫する鶴見川で、水害に強く台風シーズンの前に収穫ができる果樹として明治時代半ばに盛んになった。柿は江戸時代からの名産で、陽当たりのよい丘陵地帯が利用されたことだろう。近代化のイメージがある煉瓦も、水運に便利なのと付近で粘土が採取できたことから、鶴見川の下流域である矢向(横浜市鶴見区)に中小規模の煉瓦工場が建てられたという。
 いずれもその土地の地形が大きく影響している。

 鉄道網や自動車輸送が普及する以前の時代において、東京や横浜など大都市の周辺に位置する「近郊地帯」が、それぞれ何を主力商品として、どのように商いを成り立たせていたのかという視点から見ると非常に興味深い。
 河川の流域にクローズアップすることで、現在の大量輸送の交通網を前提としたものとはまた違った産業の隆盛に気がつかされる。都市近郊河川と近代史の関わりなどに関心のある人にも興味深い展示ではなかろうか。

 このほか、流域の民俗信仰の展示では、現在も残る庚申塔や地神塔などの石造物を取り上げている。
 石造物に刻まれた石工の名前から、流域での石工の活動範囲(営業テリトリー?)を地図にプロットした展示もユニークだ。流域にある100対以上の狛犬が写真で紹介されているのも圧巻である。

※写真下2点は横浜市青葉区の鶴見川流域付近の谷戸。鶴見川源流写真は1994年撮影。
  

横浜市歴史博物館 企画展「鶴見川流域のくらし 〜生業・水運・信仰・祭礼〜」
住所 神奈川県横浜市都筑区中川中央1-18-1
TEL 045-912-7777
会期 2015年1月31日〜3月15日
開館時間 9:00〜17:00
休館日 月曜日
入館料 大人300円(500円)、高〜大学生200円(300円)、小中学生100円(100円)※()は常設展共通券
交通 横浜市営地下鉄センター北駅より徒歩5分